★概要
- 日程:2016年11月26日
- 天候:快晴,標高530m休憩地点気温: 7.8℃,無風
- 最終到達地点:
▪倒木帯&笹と茨の激薮(標高815m地点)
▪尾根(コル)まで直線距離130m,尾根との標高差40m - コースタイム:
自宅発3:40→大平バス停着7:30→出羽橋着7:45→林道終点着8:30→登山口着8:35→清水和田島少年自然の家プラ標柱(以下「和少自道標」)103着9:10→休憩1時間→和少自道標103発10:10→和少自道標102(水場)着10:40→和少自道標(番号不明)着11:25→小さな滝着11:55→最終到達地点着13:04→停滞4分→撤退開始13:08→登山口着14:55→大平バス停着15:30→セブン−イレブン清水北脇店着18:20→喫水休憩10分→同店発18:30→自宅着19:35 - 総行動時間:15時間(自転車:4+4時間,山行:4.5+2.5時間)
- 総休憩時間:2時間
- ルート:松浦理博「安倍山系 上」,高ドッキョウ・ルート③
★写真(134枚)
★動画(6本)
★参考ページ
- Makosukeさんのブログ投稿:大平(出羽橋)~高ドッキョウ~徳間峠~大平
- 沼津市五十雀山歩会:高ドッキョウ(今回とは別ルート)
★ レポート
「地獄からの生還とその喜び」
帰宅直後の夕食では,ゴハンが喉を通りそうもなく,レトルト粥とポテトサラダのみを口にした.ここまで追い込まれたのは久々のこと.
以前,大学浪人時代の夏,静岡市から埼玉県大宮市まで自転車で行ったことがある.この時,27時間ぐらいでたどり着いたと記憶しているが,あの時の終盤の感じに似ている.
ただ今回,肉体的にはケガらしいケガもなく,脱水もせず,また精神的にも落ち込んだり,破綻寸前に追い詰められることはなかった.さらに途中撤退にも関わらず,帰路となる国道1号線の平地を自転車で走っていたときには,むしろ不思議な「穏やかな喜び」に包まれていた.
それは「生きていることそのものへの喜び」とでも言ったらいいのだろうか?言葉で説明するのは難しい.山行の成功うんぬんとは全く関係のない,単純に,「自分が今,この時空に生きている」状態にあることが,ある種の「勝利」のように感じられていた…
…今回の山行目標とした高ドッキョウ(1134m).この山は,松浦理博「安倍山系 上」によれば,山梨二百名山のひとつで,頂上には展望もあるという.同書によれば,自宅から最も近い登山口からの山道(ルート③)は,「静岡市立清水和田島少年自然の家」の認定路とされている.そのためある程度,山道が整備されている可能性も高い.
ちなみに「静岡市立清水和田島少年自然の家」は,現在,条例の改訂にともない「静岡市立清水和田島自然の家」となり,少年団体以外も使用可能となっている.
…しかし全く自分は甘かった.これらの前提は,最初の「標高」を除いて,後に全く覆され,地獄を見ることになる.特に今回の計画立案において,何を血迷ったのか,自転車ルート決定をGoogleナビに一任してしまったのは,大いなる手抜きであり,失態と言わざるをえない.
Googleナビにルート選定をまかせてしまった理由は
帰宅直後の夕食では,ゴハンが喉を通りそうもなく,レトルト粥とポテトサラダのみを口にした.ここまで追い込まれたのは久々のこと.
以前,大学浪人時代の夏,静岡市から埼玉県大宮市まで自転車で行ったことがある.この時,27時間ぐらいでたどり着いたと記憶しているが,あの時の終盤の感じに似ている.
ただ今回,肉体的にはケガらしいケガもなく,脱水もせず,また精神的にも落ち込んだり,破綻寸前に追い詰められることはなかった.さらに途中撤退にも関わらず,帰路となる国道1号線の平地を自転車で走っていたときには,むしろ不思議な「穏やかな喜び」に包まれていた.
それは「生きていることそのものへの喜び」とでも言ったらいいのだろうか?言葉で説明するのは難しい.山行の成功うんぬんとは全く関係のない,単純に,「自分が今,この時空に生きている」状態にあることが,ある種の「勝利」のように感じられていた…
…今回の山行目標とした高ドッキョウ(1134m).この山は,松浦理博「安倍山系 上」によれば,山梨二百名山のひとつで,頂上には展望もあるという.同書によれば,自宅から最も近い登山口からの山道(ルート③)は,「静岡市立清水和田島少年自然の家」の認定路とされている.そのためある程度,山道が整備されている可能性も高い.
ちなみに「静岡市立清水和田島少年自然の家」は,現在,条例の改訂にともない「静岡市立清水和田島自然の家」となり,少年団体以外も使用可能となっている.
- 1,000mを超える標高
- 整備された安全な認定路
- 片道2時間ほどの標高差300m程度の自転車行
…しかし全く自分は甘かった.これらの前提は,最初の「標高」を除いて,後に全く覆され,地獄を見ることになる.特に今回の計画立案において,何を血迷ったのか,自転車ルート決定をGoogleナビに一任してしまったのは,大いなる手抜きであり,失態と言わざるをえない.
Googleナビにルート選定をまかせてしまった理由は
- 今までGoogleナビを使用してきた経験から,全くおかしなルートをナビすることはないと思い込んでしまったこと
- 自分が清水区に全く土地勘がなかったこと
- ルート選定に時間を費やすのを惜しんだこと
- 自転車行において今まで失敗したことがなく,ナビが間違っていても自分で修正できると想定したこと
- Googleナビの実力を試してみたかったこと
などがあげられる.Googleナビによるルート選定は以下のよう行われた.
まず自宅から目的地(清水区大平,出羽橋)まで,移動手段「自動車」によるルート選定を行った.オプションとして,「有料道路・高速道路を使用しない」を指定したところ,ナビは国一バイパスを選定してしまった.さすがにバイパスの自転車通行はできないので,移動手段を「徒歩」に切り替えたところ,所要時間約7時間,移動距離30kmの別ルートが選択された.経験から自転車ではだいたい2~2.5時間程度と推定されたため,このルートをそのまま自転車行ルートとして採択した.
この時,自分が採択した自転車ルートの詳細を十分に確認しなかったことが,今回の地獄の始まりだ.ただし仮に確認したとしても,Googleマップにおいては,標高線はかなり拡大しない限り表示されないし,ルート上の道の種類まではわからない.そこにGoogleナビの,徒歩用ナビとしての落とし穴があることに,今回はじめて気付かされた.
さて,当日5時間ほど睡眠をとった後,午前3:40に自宅を出て,自転車行を開始.しばらくは既知の馴染み深い北街道を清水区に向かって走る.清水区に入ってしばらくすると,全く知らない道に突入し,そこからはすべてスマホのGoogleナビの指示通りに動いた.
東名高速道路に沿った道に入ってからは外灯も少なくなったため,途中でヘッデンを装着.やがて下野北当たりで東名高速道路から離れ,庵原川沿いを北上する.ここまでは良かった.
午前5:14.それは突然目の前に現れた.予想外の傾斜を持つ急な上り坂だ.付近の標識からするとこれは農道らしい.斜度が斜度だけにとても自転車に乗ったまま上りきることはできそうにない.いつものように,自転車を降り,押して上っていく.まあ今までにもよくあったことだと自分を言い聞かせ,最初は調子よく上っていった.ところがこの坂がなかなか終わらない.やがて息は切れだし,汗が吹き出してきた.数分上った時点で早くも坂の途中の闇に自転車を止め,ハイドロの水を吸い込むことになる.
「これは想定外だ.初冬未明の自転車行において,これほどの汗をかくとは…水の消費量が気になる.」
「これは想定外だ.初冬未明の自転車行において,これほどの汗をかくとは…水の消費量が気になる.」
休み休み上っていくと,やがて真昼のようにまばゆい光を放射しているトンネルが前方に現れた.それもやはり自転車を押して抜け,再び周囲に深い闇が戻ってくると,そこが上り坂の終わりだった.午前5:24.わずか10分間の出来事なのだが,実に長く感じられた.GPSログを調べてみると,この間の標高差は80m.重いスチール製の安物ATB自転車を押しながら,水消費の進んでいない重量12kgザックを担いて,舗装路を80m上りあげるのは,今の自分にとっては結構な負荷だったようだ.
しかし上りの後は下り.自転車ならば,こがなくても自動で下ってくれるはず.ただし外灯がなくヘッデンでは前方がよく見えないため,スピードを出しすぎないようにブレーキをかけながら坂を気持ちよくかけ下っていく.ところが下り坂はすぐに終わってしまい,再び上り坂に転じた.またもや自転車を降車して,押しながら標高差20mを上り…
…「自転車を降りて押して登る,自転車に乗って坂を下る」を何度も繰り返している内に,ついに標高は234mになった.時間は午前5:43.つまりアップダウンを繰り返しながら,30分間で標高差160mを上ったことになる.累積標高は当然それ以上になるだろう.このような自転車行の経験はいままでにない.明らかに計画より体力を消耗している.しかしながらその時点ではまだ,計画変更するほどのものでもないように感じていた.
標高234m地点からは急な下り坂が始まる.時速25km程度に制動をかけながら,慎重に下っていく.やがて現れたT字路前で大制動をかけて停車.一息入れながら道路標識を確認した後,ナビの指示通り左折する.こうして自分は県道75号線に乗り込んだ.
道なりに進んでいくと,小集落のようなところに出たのだが,ナビは右折を指示する.真っ暗で右側に道らしきものが見えなかったため直進したのだが,どうもおかしい.停車してナビの地図を確認すると,どうやらその分岐を通り越してしまったらしい.道を引き返しながら,分岐を探す.すると民家と民家の間の奥に,その分岐を発見した.
それは細い農道らしき道だった.「まさかこの道を行くのか?」とその時はなぜか思わなかった.暗くて道の先が見えなかったことや,疲労で判断力が低下していたこともあるのだろうが,この時自分は,ナビに受動的な態度を取り,この農道を自転車を押しながら上っていくのだった.
その農道は事実上,コンクリートで固められた山道だった.標高170mの麓からこの農道を何度も小休止しつつ,標高240m辺りまで自転車を押して上っていくと,やっと尾根らしい場所に出た.そこで再び一息ついたのだが,T字路となっていてるその農道の角に標識を見つけた.それによるとどうやらこの農道は,ハイキングコースに指定されているようだ.
「自転車を押してハイキングコースを上ってきてしまった…何たる無駄なエネルギー消費!」
汗をしきりに拭いながら,ちょっと自分のバカさ加減に嫌気がさしたが,そんなことも言っていられない.ここをなんとか乗り切るのだ.そこからは今までと同様,自動車道より斜度のある細いハイキングコースのアップダウンを,自転車を押して上り,自転車に乗って下った.ただし,斜度がある上,濡れた枯れ葉で覆われたコンクリートの直線的下り坂を,スピードを出して駆け下ることは出来ない.ブレーキの音を未明の林に響かせながら,安全な速度で降りるしかなかった.つまり上った分のエネルギーは返還されず,熱と音とゴムカスとなって消えた.
ようやく最高標高260mのハイキングコースを終え,標高100mの麓に降りた時,自分はすでに山行直後の安堵にも似た気持ちになっていた.体力の消耗は激しく,両の太ももは筋肉痛を起こしている.今までの経験において,山行に入るまでの自転車行でここまで体力を消耗したことはない.想定外の事態に「途中撤退」の可能性が脳裏をよぎる.しかしまあ行けるところまで行こう.そんな想いとともに,再びペダルを漕ぎ出した.
やがて県道196号線に合流.道らしい道を行けることに喜びを感じつつ,北上していく.ここからは農道やハイキングコースのような急坂はなく,緩やかに標高を上げていく.安倍街道や藁科街道と似たイメージだ.ところどころの道端には,東海自然歩道の標柱が顔を出し,疲れた自分を励ましてくれた.
午前7:30.ようやく大平バス停に到着.出発からすでに4時間が経過していた.これは大誤算だ.計画の倍の時間がかかってしまった.確かに県道196号線に入ってからも,普段なら自転車に乗ったまま登れるはずのゆるい上り坂すら,足が動かないため自転車を降りて押して歩いてしまった.予定では出羽橋までが自転車行だったが,すでに自転車用の体力は使い果たした感じだったので,大平バス停に駐輪し,徒歩で出羽橋まで移動することにした.
県道196号線の出羽橋分岐までくると,その角にあった建物に標識を発見した.
白地に赤文字.いわゆる「坂本標識」だ.いろいろな山でお世話になっている標識で,自分には馴染みがある.この標識の存在はすでにGoogleストリートビューで事前に確認はしていたが,どことなく頼もしい感じ.「これから先の登山道でも坂本標識がガイドしてくれるかもしれない」などと楽観的な山行を思い描きながら,興津川にかかる出羽橋を渡っていく.
いかにもその通り.確かにその後も坂本標識は出てきた.その一部は判読不能なまでに朽ちていたが….ただし集落が終わるあたりで発見した坂本標識により状況は一変する.
その坂本標識は,「安倍山系 上」には掲載されていない道を指し示していたのだ.気になったので,その方向にあった広いススキに覆われた車道らしきものを歩いていく.しばらく行くと奥に堰堤が見えてきたのだが,その間,登山口のようなものは山側斜面に発見できなかった.結局途中であきらめ,標識のあった分岐まで引き返すことにした.これが今回の山行における坂本標識の見納めとなった.
帰宅後に調べてみたが,どうやらこの坂本標識は地形図上の破線路を指導しており,その通りに堰堤の横を沢沿いに進むと,湯沢峠に至るようだ.「安倍山系 上」の湯沢峠の点線分岐路の注釈に,「この破線路が未踏査であるが,途中通過困難箇所がある」と記載されていた.
ムード的にはこの破線路は,沢沿いであり,また薮も厳しそうだったので,引き返して正解だったと思うが,実際にはどうなのか?
さて再び林道を道なりに進むと,安倍山系で予告されていた標柱が分岐とともに現れた.右折し,その分岐をのぼっていくとすぐに林道は荒れだし,ススキが道を覆うようになった.この林道はほとんど利用されていないようだ.
ススキをかき分けながら進んでいくと,やはり「安倍山系 上」の予告通り,もう一つの林道分岐が左に現れた.こちらの分岐道はさらにススキ密度が高い.ススキをかき分けつつその道を前進していくと,ついに林道の終点に到達した.その間,山側斜面に注意を払っていたが,登山口らしきものは見当たらなかった.そのためこの林道終点から登るのかと思い,終点を超えて前進し,山中に入ってみた.
入った直後の木には,ピンクテープが巻かれていた.誰かがここに来ているのは間違いないが,周囲に道らしきものは見当たらない.テープもこれ一本だけ.どうやらここが登山口ではないらしい.ならば自分が登山口を見落としたのだ.
再び林道終点に戻り,そこから林道を逆行しながら,斜面側に登山口を探した.すると曲がり角に,シダに埋もれたプラ標柱を発見.シダをどけてみると「高ドッキョウ登山口」と書かれているではないか.よし,これでやっとスタートできる.
ところが上り始めてみると,いつものペースは全く維持できず,「少し上っては息を切らして立ち止まる」を繰り返す他ないほどに,体力を消耗していた.
すでに時刻は午前8:45.このペースでは1134m峰の登頂は不可能であることは明白だった.行けるところまでは行くとしても,何とかペースを上げることは出来ないか?それを考えながら,杉林の中のまっすぐな尾根道を休み休み上っていく.
登山口から約30分ほど登ると,道の横にプラ標柱103が現れた.近くには暖かな日の射している平坦地もある.自分はここで上りながら考えていた「ペース対策」を実行に移した.昼食を前倒しにするのだ.
平坦地でザックを下ろし,シートを広げる.足を伸ばして身体を休めつつ,スープやコーヒーをとった.これでザックは軽くなるし,体力も回復するだろう.この標高530m地点での喫食休憩は1時間.気温は約8度.
1時間後,片付けをするために,座っていたシートから立ち上がる瞬間,足がつりそうになって焦った.金木荒ノ頭(1463m)の山頂で起こった現象と全く同じだ.一旦座り直し,地面に手をついてそろりそろりと立ち上がる.今度は足がつりそうになることはなく,そのまま片付けに入ることができた.
片付けが終わり登山道に戻って登り始めると,足取りは以前よりずっと軽くなっていた.1時間ロスしたが,山頂でいつもの長い休憩をせず,30分休憩ぐらいで下山を開始すれば,問題はないはずだ.このような事態も想定して,計画には余裕を持たせてある.
杉林の中の直線的な尾根道は,荒れてはいるものの明瞭で助かった.やがて道は広葉樹林に突入.そのあたりから山道が倒木で塞がれている場面が多くなった.杉以外の倒木は真っ直ぐではなく,付近の灌木も巻き込んでいるため,まるで網のようになっている.ただクリアできないほどのものではなく,やや時間を消費したものの,何とかやり過ごすことが出来た.
やがて細めの山道に差し掛かると,山側斜面に古いロープが出てきた.もちろんありがたく使わせてもらうのだが,その細い道でも容赦なく山側から枝が伸びていたり,倒木が倒れていたりする.注意してくぐったり,またぎ越していく.
このやや危険な細い道が終わってしばらく行くと,水場に到着した.穏やかな水流の沢.苔むした石がゴロゴロしている落ち着いた場所だ.付近にはプラ標柱102もある.ここまでの道は間違っていない.プラ標柱の下あたりの地面には黒い小さな穴が開いており,地蜂が忙しそうに冬支度をしていた(下掲画像の左下隅).
水場で休憩することもなく,先に進もうとしたのだが,ここで道筋が見えなくなった.とりあえず直進を試みたが,そこは粘土質の壁のようになっており,容易に登らせてくれない.キックステップは当然出来ないので,何度か登攀しようとしたが蟻地獄にハマったアリ状態で,滑り落ちてしまう.それでも最後には泥だらけになりながら,近くにあった木の枝を利用してよじ登ることに成功.さっそく周囲の偵察を行ったが,期待した道らしきものは皆無だった.
やむを得ず再び水場に戻り,地図を確認しながら水場を中心とした偵察を行う.もちろん持参した「安倍山系 上」の該当箇所を何度も参照したのだが,それでも道がわからない.
しばし悩んだ後,落ち着いて水場周囲を観察する.するとありがたや.目が慣れたのか,ようやく道筋が見えてきた.沢の対岸に枯れ枝や倒木に覆われた山道がうっすら見える.なるほどここは沢を渡渉するのか.
「安倍山系 上」には,この渡渉については記載されていなかったが,おそらく以前は記載する必要のないほど,道筋が明瞭だったのだろう.帰宅後のネット検索で,2012年12月に今回の自分と同じルートで登山された方の登山記録を発見し,その中に上掲画像とほぼ同じアングルで撮影された写真があった.比較してみると2012年12月の時点では,対岸は現在よりも荒れていないようにみえる.
さて前進だ.沢をまたぎ越し,対岸の荒れた山道を枯れ枝をかいくぐりながら上っていくと,次第に道は薄く細くなっていった.先ほどと同じ.だがこちらのほうがヤバイ…
沢沿いのこの細い道は濡れた枯れ葉に覆われていた.その細い道を,これまた何本かの倒木が塞いでいるのだが,今度はお助けロープがない.谷側は沢となっているため,ここで滑るわけにはいかない.ただただ慎重に歩いて行ったのだが,その途中で奇妙な人工物を見つけた.
短いロープだ.先端がループになっている.一瞬,首吊り自殺のロープに見えてしまった.この危険箇所でこのロープとは!
おそらく何らかのお助けロープの一部なのだろう.危険箇所なのでお助けロープがあるのはわかるが,ループは何なのだろう?もしかしたら,くくりつけた木からループが抜けてしまったのだろうか?だとすれば何故にこんなに短いのか?それとも実は長いロープだったのだが,ほとんど地面に埋もれてしまったのだろうか?
謎を残したまま,危険地帯をクリアし,さらに前進を続けると再びプラ標柱が現れてくれた.まだ登山道から外れていないようだ.しかしそこからは倒木が多く,道筋がはっきりしない.適時偵察しながらRFするしかない.
RFしながら進んでいくと,前方に小さな滝が見えてきた.滝の前に降りることができそうだったので,下りてみた.高さ3mぐらいの小さな滝だが,流れ落ち具合に滝らしさがある.滝の前は小平坦地となっていて日差しもあり,明るい.ここが今回の山行における,一番のお気に入りの場所となった.ささっと撮影に入る.
滝のお陰で少し気持ちが和んだ後,そこを後にして,再びRFをしながら先へ進む.するとありがたいことに,途中から再び薄っすらと道筋が浮かんできた.それに乗って歩いてみると,そこからは道筋がどんどんと明瞭になり,笹はかぶさっているものの,最後には明らかな九十九折りの道となった.ここでようやくRFの重圧から解放された.
道はやがて尾根に乗り,すぐに裏側の山腹へと下った.そこからのトラバース道を見た時,自分は立ち止まって顔をしかめた.
道が斜面から伸びた笹に覆われていたのだ.ここからは手を使って笹と戦いながら,前進しなくてはならない.自転車を押していた時間が長かったせいか,すでに腕はかなり消耗していた.だた道筋だけは比較的明瞭だったのはありがたかった.
そこからは斜面から執拗にしゃしゃり出てくる笹たちを漕いだり,っ身をかわしたりしながら進んでいく..途中で何本かのテープにも遭遇.これが登山道であることは間違いないようだ.
「笹を漕ぐ→笹の晴れ間で休憩・撮影」を繰り返しながら前進していくと,笹のないちょっと広い涸れ沢のような場所に出た.「安倍山系 上」の略図によれば,そろそろ「水場」が出てくるはずだったので,ここがそうなのかもしれない.水は一切ないようだが…
「だとすれば,もうすぐ別の尾根に取り付くはずだ.尾根に出れば,もしかしたら刈払いされた登山道が出てくるかもしれない.」そんな何の根拠もない楽観的な想いがなぜか湧き出し,元気が出てきた.とにかくその取り付き部,コルまでは行きたい.
しかしコルまで直線距離で200mあたりまで接近した時,登山道の前方に嫌なムードの漂う斜面が,その全貌を現したのだった.
比較的小規模な杉の倒木帯と薮が前方の登山道を覆っており,そこから登山道が消えている.とりあえず消失地点あたりまで笹薮をこいで前進したのだが,次第に鋭い痛みが手のひらや顔を襲うようになった.「これはもしや…」と思って立ち止まり,周囲の状況を確認すると,案の定,それは鋭いトゲを持った茨だった.ここは茨と笹が共生混在している場所なのだ.
とりあえず厳しい茨を回避するルートを探りながら進んだのだが,茨はこのあたりにまんべんなく生えているようで,攻撃の手は緩まない.そこで途中から茨回避は諦め,そのまま痛みとともに,うっすらとした道筋とおぼしきものに乗って,薮の強行突破を開始した.ところがである…
…その後にとんでもない壁にぶつかった.自分の身長を遥かに越す大きく若々しい葉っぱを持った笹の激薮だ.それまでの笹薮は,それでも前方が明るかったし道筋もはっきりしていた.しかしこの笹薮はもはや壁そのものであり,薮の奥は真っ暗闇だった.しかもその藪の中にすら,茨どもは紛れ込んでいる.果たしてこの薮を突破できるのか?再びダメ元で周囲を見回し,別のルートを探したが,やはりそれらしきものは見当たらなかった.
「これは突撃するしかない…」
どこまでいけるのかはわからないが,とりあえずその激薮の中に自分を押し込んでみた.するとなんとしたことか.強力な圧力が返ってきて,自分は薮に跳ね返されてしまった.まさに横綱.懐にすら入れてくれないのだ.
「これでは仮に入ることができたとしても,進行に莫大な時間とエネルギーがかかってしまう.その上,この笹の高さと密度では,方向感覚を失う可能性が高い.仮になんとかコルにたどり着いたとしても,もはや高ドッキョウ山頂に登る時間もエネルギーもないだろう.しかも帰りは再びこの激薮を漕いで下山しなければならない.」
以前の山行における激藪での苦い経験が蘇る.下山時に道を失い,視界を遮るススキの激薮急斜面を下っていた時,自分はいつのまにか方向感覚を失い,切れ落ちている崖に向かって下っていた.前方の崖に気づいた時に襲ってきた,冷水を浴びたかのような冷たい恐怖感,入山に対する後悔,そして,未熟な自分に対する例えようのない情けなさ…
…笹の激薮の前で数分間停滞しながら考え,悩んだ.その結果…
「13時08分,この時点を持って進行を断念し,撤退を開始する」
悔しさがないわけではなかったが,それ以上に下山にかかる時間と,下山後の自転車行ルートの再策定が気になっていた.冬の山の夕暮れは恐ろしく早い.倒木の多い細く荒れた山道で下山時にルートをロストし,結果夜になってしまったら,ヘッデンの明かりがあっても移動はかなり厳しい.ビバークになってしまうだろう.
実際,下山時には20分間ほど道に迷った.沢の渡渉点に向かう道をいつのまにか失い,そのまま沢沿いに前進してしまったのだ.途中でそれに気づくことができ,やや焦りながら道を戻り始めると,すぐに見覚えのある渡渉点を眼下に見出した.ああよかった.すぐにその水場に下り,恒例の顔洗いを行った後,残りの明瞭な山道を注意して下っていく.
このように道迷いはあったものの,その後はあっけないほど簡単に登山口についた.かかった時間は上りの半分以下の2時間ほどだ.これでもう危険箇所も道迷いもない.しかし自分の心中には,いつもの「下山後の安堵感」は湧き上がってこない.それは帰りの自転車行が厳しいものとなる可能性があったからだ.
県道を大平バス停まで下っていく途中で,地元の主婦の方とお話をする機会を得た.その方によれば,自分が山に登っていくのを「テレビ」で知っていたとのこと.ちょっと驚いたが,何かローカルな広報システムがこの集落にはあるのかもしれない.
「今日はこの後,何処かに泊まるんですか?」と聞かれたので,「いえいえ,静岡市内の家に帰ります」と答えた.考えてみれば,山梨県に近いとは言え,ここも静岡市清水区なのだから変な答え方をしたものだ.しかし少し気になる.ここには登山者が泊まれるような宿があるのだろうか?ちゃんと聞いておけばよかった…
その後,大平バス停から帰りの自転車行が始まった.帰路は山越えのないルートとしたかったので,道路標識などを参考にしながら,スマホのGoogleマップで現在位置と道を確認し,ルートを自分で決めていった.しかし…
結果的に言えば,自転車を押しながらの「地獄の峠越え」は,避けられなかった.国道を使えば,遠回りになるが峠越えはしなくて済むようだったし,おそらくそちらのほうが楽だったに違いない.しかし気づいたときには,すでに県道=峠越えルートに入ってしまっていた.
今回はさすがに農道に入ることはなかったが,やはりアップダウンのある峠越えの道となってしまった.またしても汗をダラダラかきながら,自転車を押して急坂を登っていく.この時点ですでに手持ちの水は尽きていたが,それほど喉の渇きは感じていなかった.ただ疲れと筋肉痛だけはどうしようもない.
やがて,行きの自転車行では勢い良く走り降った下り坂が,今度は直線的な急角度の長い上り坂となって現れた.さてどうするか.とりあえず自転車を急坂の前で停車し,残っていた手持ちの予備の行動食を全部平らげる.800kCalぐらいは突っ込んだはずだ.さあいくか.
すでに日も暮れ,外灯のない真っ暗な山の坂道を自転車を押しながら上っていく気持ちは,正直に言えばなんともわびしかった.農道のように道が狭くなく,空間があるため,余計にそう思えたのかもしれない.いくつかのアップダウンを終えて,峠を越え,ようやく平地に戻った時に初めて,自分は喉の渇きを覚えた.コンビニで甘い炭酸飲料が無性に飲みたくなった.
帰宅中なのだが,ここで少し目的が変わった.「コンビニで美味しい,甘い,冷たい,炭酸飲料を飲む」,なんとしても!
ところがその後,なかなかコンビニには遭遇せず,結局国道1号線沿いの北脇にあったセブンイレブンでようやくその目的を達成する事ができた.コカ・コーラも当然候補に上がったのだが,もっと安いものはないかと探したところ,このボトルが目に留まった.
「ゆずれもんサイダー 500ml」,コンビニなのに100円だ.安い!しかも甘酸っぱいものが飲みたかった自分にはぴったしじゃないか.さっそくスマホのEDYで支払いをして,コンビニの外に出て飲み始めた.こ・れ・が…うま~~い❢❢
久々にとびきりうまいボトル飲料を飲んだ.炭酸の爽快感,レモンのほどよい酸味,ゆずの芳醇な香り,そしてくどくない控えめな甘み.あまりにもうまくて,飲み干すのではなく,飲むのがもったいない気持ちすらしてきた.500mlを少しずつ飲み,味わうためにために,空いていた自転車のボトルホルダーに「ゆずれもんサイダー」をさして,信号で停まる度に少しずつ飲んだ.このこともおそらく,冒頭に記した「生きていることそのものへの喜び」につながっていたのだと思う.
それだけではない.帰宅後,夕飯の支度をし,自分はレトルト粥で夕食を取り,その後自動的に爆睡したのだが,次の日にどうしても,この「ゆずれもんサイダー」が飲みたくなってしまった.そこで雨の中を徒歩で片道15分程かかるセブンイレブンまで行って,3本ほど購入してきたのだ.
帰宅後,ワクワクしながらキャップを取って,一気に飲もうと開いた喉に注ぎ込んだが…ン?…何か違う…味と香りは同じなのに,あのスカッと感がない.まるで気の抜けたコーラのような…
そこでよくボトルを見るとなんと「ゆずれもん」となっているではないか?炭酸なしのバージョンがあったのか!しまった!
その農道は事実上,コンクリートで固められた山道だった.標高170mの麓からこの農道を何度も小休止しつつ,標高240m辺りまで自転車を押して上っていくと,やっと尾根らしい場所に出た.そこで再び一息ついたのだが,T字路となっていてるその農道の角に標識を見つけた.それによるとどうやらこの農道は,ハイキングコースに指定されているようだ.
「自転車を押してハイキングコースを上ってきてしまった…何たる無駄なエネルギー消費!」
汗をしきりに拭いながら,ちょっと自分のバカさ加減に嫌気がさしたが,そんなことも言っていられない.ここをなんとか乗り切るのだ.そこからは今までと同様,自動車道より斜度のある細いハイキングコースのアップダウンを,自転車を押して上り,自転車に乗って下った.ただし,斜度がある上,濡れた枯れ葉で覆われたコンクリートの直線的下り坂を,スピードを出して駆け下ることは出来ない.ブレーキの音を未明の林に響かせながら,安全な速度で降りるしかなかった.つまり上った分のエネルギーは返還されず,熱と音とゴムカスとなって消えた.
ようやく最高標高260mのハイキングコースを終え,標高100mの麓に降りた時,自分はすでに山行直後の安堵にも似た気持ちになっていた.体力の消耗は激しく,両の太ももは筋肉痛を起こしている.今までの経験において,山行に入るまでの自転車行でここまで体力を消耗したことはない.想定外の事態に「途中撤退」の可能性が脳裏をよぎる.しかしまあ行けるところまで行こう.そんな想いとともに,再びペダルを漕ぎ出した.
やがて県道196号線に合流.道らしい道を行けることに喜びを感じつつ,北上していく.ここからは農道やハイキングコースのような急坂はなく,緩やかに標高を上げていく.安倍街道や藁科街道と似たイメージだ.ところどころの道端には,東海自然歩道の標柱が顔を出し,疲れた自分を励ましてくれた.
午前7:30.ようやく大平バス停に到着.出発からすでに4時間が経過していた.これは大誤算だ.計画の倍の時間がかかってしまった.確かに県道196号線に入ってからも,普段なら自転車に乗ったまま登れるはずのゆるい上り坂すら,足が動かないため自転車を降りて押して歩いてしまった.予定では出羽橋までが自転車行だったが,すでに自転車用の体力は使い果たした感じだったので,大平バス停に駐輪し,徒歩で出羽橋まで移動することにした.
県道196号線の出羽橋分岐までくると,その角にあった建物に標識を発見した.
白地に赤文字.いわゆる「坂本標識」だ.いろいろな山でお世話になっている標識で,自分には馴染みがある.この標識の存在はすでにGoogleストリートビューで事前に確認はしていたが,どことなく頼もしい感じ.「これから先の登山道でも坂本標識がガイドしてくれるかもしれない」などと楽観的な山行を思い描きながら,興津川にかかる出羽橋を渡っていく.
いかにもその通り.確かにその後も坂本標識は出てきた.その一部は判読不能なまでに朽ちていたが….ただし集落が終わるあたりで発見した坂本標識により状況は一変する.
その坂本標識は,「安倍山系 上」には掲載されていない道を指し示していたのだ.気になったので,その方向にあった広いススキに覆われた車道らしきものを歩いていく.しばらく行くと奥に堰堤が見えてきたのだが,その間,登山口のようなものは山側斜面に発見できなかった.結局途中であきらめ,標識のあった分岐まで引き返すことにした.これが今回の山行における坂本標識の見納めとなった.
帰宅後に調べてみたが,どうやらこの坂本標識は地形図上の破線路を指導しており,その通りに堰堤の横を沢沿いに進むと,湯沢峠に至るようだ.「安倍山系 上」の湯沢峠の点線分岐路の注釈に,「この破線路が未踏査であるが,途中通過困難箇所がある」と記載されていた.
ムード的にはこの破線路は,沢沿いであり,また薮も厳しそうだったので,引き返して正解だったと思うが,実際にはどうなのか?
さて再び林道を道なりに進むと,安倍山系で予告されていた標柱が分岐とともに現れた.右折し,その分岐をのぼっていくとすぐに林道は荒れだし,ススキが道を覆うようになった.この林道はほとんど利用されていないようだ.
ススキをかき分けながら進んでいくと,やはり「安倍山系 上」の予告通り,もう一つの林道分岐が左に現れた.こちらの分岐道はさらにススキ密度が高い.ススキをかき分けつつその道を前進していくと,ついに林道の終点に到達した.その間,山側斜面に注意を払っていたが,登山口らしきものは見当たらなかった.そのためこの林道終点から登るのかと思い,終点を超えて前進し,山中に入ってみた.
入った直後の木には,ピンクテープが巻かれていた.誰かがここに来ているのは間違いないが,周囲に道らしきものは見当たらない.テープもこれ一本だけ.どうやらここが登山口ではないらしい.ならば自分が登山口を見落としたのだ.
再び林道終点に戻り,そこから林道を逆行しながら,斜面側に登山口を探した.すると曲がり角に,シダに埋もれたプラ標柱を発見.シダをどけてみると「高ドッキョウ登山口」と書かれているではないか.よし,これでやっとスタートできる.
ところが上り始めてみると,いつものペースは全く維持できず,「少し上っては息を切らして立ち止まる」を繰り返す他ないほどに,体力を消耗していた.
すでに時刻は午前8:45.このペースでは1134m峰の登頂は不可能であることは明白だった.行けるところまでは行くとしても,何とかペースを上げることは出来ないか?それを考えながら,杉林の中のまっすぐな尾根道を休み休み上っていく.
登山口から約30分ほど登ると,道の横にプラ標柱103が現れた.近くには暖かな日の射している平坦地もある.自分はここで上りながら考えていた「ペース対策」を実行に移した.昼食を前倒しにするのだ.
平坦地でザックを下ろし,シートを広げる.足を伸ばして身体を休めつつ,スープやコーヒーをとった.これでザックは軽くなるし,体力も回復するだろう.この標高530m地点での喫食休憩は1時間.気温は約8度.
1時間後,片付けをするために,座っていたシートから立ち上がる瞬間,足がつりそうになって焦った.金木荒ノ頭(1463m)の山頂で起こった現象と全く同じだ.一旦座り直し,地面に手をついてそろりそろりと立ち上がる.今度は足がつりそうになることはなく,そのまま片付けに入ることができた.
片付けが終わり登山道に戻って登り始めると,足取りは以前よりずっと軽くなっていた.1時間ロスしたが,山頂でいつもの長い休憩をせず,30分休憩ぐらいで下山を開始すれば,問題はないはずだ.このような事態も想定して,計画には余裕を持たせてある.
杉林の中の直線的な尾根道は,荒れてはいるものの明瞭で助かった.やがて道は広葉樹林に突入.そのあたりから山道が倒木で塞がれている場面が多くなった.杉以外の倒木は真っ直ぐではなく,付近の灌木も巻き込んでいるため,まるで網のようになっている.ただクリアできないほどのものではなく,やや時間を消費したものの,何とかやり過ごすことが出来た.
やがて細めの山道に差し掛かると,山側斜面に古いロープが出てきた.もちろんありがたく使わせてもらうのだが,その細い道でも容赦なく山側から枝が伸びていたり,倒木が倒れていたりする.注意してくぐったり,またぎ越していく.
このやや危険な細い道が終わってしばらく行くと,水場に到着した.穏やかな水流の沢.苔むした石がゴロゴロしている落ち着いた場所だ.付近にはプラ標柱102もある.ここまでの道は間違っていない.プラ標柱の下あたりの地面には黒い小さな穴が開いており,地蜂が忙しそうに冬支度をしていた(下掲画像の左下隅).
水場で休憩することもなく,先に進もうとしたのだが,ここで道筋が見えなくなった.とりあえず直進を試みたが,そこは粘土質の壁のようになっており,容易に登らせてくれない.キックステップは当然出来ないので,何度か登攀しようとしたが蟻地獄にハマったアリ状態で,滑り落ちてしまう.それでも最後には泥だらけになりながら,近くにあった木の枝を利用してよじ登ることに成功.さっそく周囲の偵察を行ったが,期待した道らしきものは皆無だった.
やむを得ず再び水場に戻り,地図を確認しながら水場を中心とした偵察を行う.もちろん持参した「安倍山系 上」の該当箇所を何度も参照したのだが,それでも道がわからない.
しばし悩んだ後,落ち着いて水場周囲を観察する.するとありがたや.目が慣れたのか,ようやく道筋が見えてきた.沢の対岸に枯れ枝や倒木に覆われた山道がうっすら見える.なるほどここは沢を渡渉するのか.
「安倍山系 上」には,この渡渉については記載されていなかったが,おそらく以前は記載する必要のないほど,道筋が明瞭だったのだろう.帰宅後のネット検索で,2012年12月に今回の自分と同じルートで登山された方の登山記録を発見し,その中に上掲画像とほぼ同じアングルで撮影された写真があった.比較してみると2012年12月の時点では,対岸は現在よりも荒れていないようにみえる.
さて前進だ.沢をまたぎ越し,対岸の荒れた山道を枯れ枝をかいくぐりながら上っていくと,次第に道は薄く細くなっていった.先ほどと同じ.だがこちらのほうがヤバイ…
沢沿いのこの細い道は濡れた枯れ葉に覆われていた.その細い道を,これまた何本かの倒木が塞いでいるのだが,今度はお助けロープがない.谷側は沢となっているため,ここで滑るわけにはいかない.ただただ慎重に歩いて行ったのだが,その途中で奇妙な人工物を見つけた.
短いロープだ.先端がループになっている.一瞬,首吊り自殺のロープに見えてしまった.この危険箇所でこのロープとは!
おそらく何らかのお助けロープの一部なのだろう.危険箇所なのでお助けロープがあるのはわかるが,ループは何なのだろう?もしかしたら,くくりつけた木からループが抜けてしまったのだろうか?だとすれば何故にこんなに短いのか?それとも実は長いロープだったのだが,ほとんど地面に埋もれてしまったのだろうか?
謎を残したまま,危険地帯をクリアし,さらに前進を続けると再びプラ標柱が現れてくれた.まだ登山道から外れていないようだ.しかしそこからは倒木が多く,道筋がはっきりしない.適時偵察しながらRFするしかない.
RFしながら進んでいくと,前方に小さな滝が見えてきた.滝の前に降りることができそうだったので,下りてみた.高さ3mぐらいの小さな滝だが,流れ落ち具合に滝らしさがある.滝の前は小平坦地となっていて日差しもあり,明るい.ここが今回の山行における,一番のお気に入りの場所となった.ささっと撮影に入る.
滝のお陰で少し気持ちが和んだ後,そこを後にして,再びRFをしながら先へ進む.するとありがたいことに,途中から再び薄っすらと道筋が浮かんできた.それに乗って歩いてみると,そこからは道筋がどんどんと明瞭になり,笹はかぶさっているものの,最後には明らかな九十九折りの道となった.ここでようやくRFの重圧から解放された.
道はやがて尾根に乗り,すぐに裏側の山腹へと下った.そこからのトラバース道を見た時,自分は立ち止まって顔をしかめた.
道が斜面から伸びた笹に覆われていたのだ.ここからは手を使って笹と戦いながら,前進しなくてはならない.自転車を押していた時間が長かったせいか,すでに腕はかなり消耗していた.だた道筋だけは比較的明瞭だったのはありがたかった.
そこからは斜面から執拗にしゃしゃり出てくる笹たちを漕いだり,っ身をかわしたりしながら進んでいく..途中で何本かのテープにも遭遇.これが登山道であることは間違いないようだ.
「笹を漕ぐ→笹の晴れ間で休憩・撮影」を繰り返しながら前進していくと,笹のないちょっと広い涸れ沢のような場所に出た.「安倍山系 上」の略図によれば,そろそろ「水場」が出てくるはずだったので,ここがそうなのかもしれない.水は一切ないようだが…
「だとすれば,もうすぐ別の尾根に取り付くはずだ.尾根に出れば,もしかしたら刈払いされた登山道が出てくるかもしれない.」そんな何の根拠もない楽観的な想いがなぜか湧き出し,元気が出てきた.とにかくその取り付き部,コルまでは行きたい.
しかしコルまで直線距離で200mあたりまで接近した時,登山道の前方に嫌なムードの漂う斜面が,その全貌を現したのだった.
比較的小規模な杉の倒木帯と薮が前方の登山道を覆っており,そこから登山道が消えている.とりあえず消失地点あたりまで笹薮をこいで前進したのだが,次第に鋭い痛みが手のひらや顔を襲うようになった.「これはもしや…」と思って立ち止まり,周囲の状況を確認すると,案の定,それは鋭いトゲを持った茨だった.ここは茨と笹が共生混在している場所なのだ.
とりあえず厳しい茨を回避するルートを探りながら進んだのだが,茨はこのあたりにまんべんなく生えているようで,攻撃の手は緩まない.そこで途中から茨回避は諦め,そのまま痛みとともに,うっすらとした道筋とおぼしきものに乗って,薮の強行突破を開始した.ところがである…
…その後にとんでもない壁にぶつかった.自分の身長を遥かに越す大きく若々しい葉っぱを持った笹の激薮だ.それまでの笹薮は,それでも前方が明るかったし道筋もはっきりしていた.しかしこの笹薮はもはや壁そのものであり,薮の奥は真っ暗闇だった.しかもその藪の中にすら,茨どもは紛れ込んでいる.果たしてこの薮を突破できるのか?再びダメ元で周囲を見回し,別のルートを探したが,やはりそれらしきものは見当たらなかった.
「これは突撃するしかない…」
どこまでいけるのかはわからないが,とりあえずその激薮の中に自分を押し込んでみた.するとなんとしたことか.強力な圧力が返ってきて,自分は薮に跳ね返されてしまった.まさに横綱.懐にすら入れてくれないのだ.
「これでは仮に入ることができたとしても,進行に莫大な時間とエネルギーがかかってしまう.その上,この笹の高さと密度では,方向感覚を失う可能性が高い.仮になんとかコルにたどり着いたとしても,もはや高ドッキョウ山頂に登る時間もエネルギーもないだろう.しかも帰りは再びこの激薮を漕いで下山しなければならない.」
以前の山行における激藪での苦い経験が蘇る.下山時に道を失い,視界を遮るススキの激薮急斜面を下っていた時,自分はいつのまにか方向感覚を失い,切れ落ちている崖に向かって下っていた.前方の崖に気づいた時に襲ってきた,冷水を浴びたかのような冷たい恐怖感,入山に対する後悔,そして,未熟な自分に対する例えようのない情けなさ…
…笹の激薮の前で数分間停滞しながら考え,悩んだ.その結果…
「13時08分,この時点を持って進行を断念し,撤退を開始する」
悔しさがないわけではなかったが,それ以上に下山にかかる時間と,下山後の自転車行ルートの再策定が気になっていた.冬の山の夕暮れは恐ろしく早い.倒木の多い細く荒れた山道で下山時にルートをロストし,結果夜になってしまったら,ヘッデンの明かりがあっても移動はかなり厳しい.ビバークになってしまうだろう.
実際,下山時には20分間ほど道に迷った.沢の渡渉点に向かう道をいつのまにか失い,そのまま沢沿いに前進してしまったのだ.途中でそれに気づくことができ,やや焦りながら道を戻り始めると,すぐに見覚えのある渡渉点を眼下に見出した.ああよかった.すぐにその水場に下り,恒例の顔洗いを行った後,残りの明瞭な山道を注意して下っていく.
このように道迷いはあったものの,その後はあっけないほど簡単に登山口についた.かかった時間は上りの半分以下の2時間ほどだ.これでもう危険箇所も道迷いもない.しかし自分の心中には,いつもの「下山後の安堵感」は湧き上がってこない.それは帰りの自転車行が厳しいものとなる可能性があったからだ.
県道を大平バス停まで下っていく途中で,地元の主婦の方とお話をする機会を得た.その方によれば,自分が山に登っていくのを「テレビ」で知っていたとのこと.ちょっと驚いたが,何かローカルな広報システムがこの集落にはあるのかもしれない.
「今日はこの後,何処かに泊まるんですか?」と聞かれたので,「いえいえ,静岡市内の家に帰ります」と答えた.考えてみれば,山梨県に近いとは言え,ここも静岡市清水区なのだから変な答え方をしたものだ.しかし少し気になる.ここには登山者が泊まれるような宿があるのだろうか?ちゃんと聞いておけばよかった…
その後,大平バス停から帰りの自転車行が始まった.帰路は山越えのないルートとしたかったので,道路標識などを参考にしながら,スマホのGoogleマップで現在位置と道を確認し,ルートを自分で決めていった.しかし…
結果的に言えば,自転車を押しながらの「地獄の峠越え」は,避けられなかった.国道を使えば,遠回りになるが峠越えはしなくて済むようだったし,おそらくそちらのほうが楽だったに違いない.しかし気づいたときには,すでに県道=峠越えルートに入ってしまっていた.
今回はさすがに農道に入ることはなかったが,やはりアップダウンのある峠越えの道となってしまった.またしても汗をダラダラかきながら,自転車を押して急坂を登っていく.この時点ですでに手持ちの水は尽きていたが,それほど喉の渇きは感じていなかった.ただ疲れと筋肉痛だけはどうしようもない.
やがて,行きの自転車行では勢い良く走り降った下り坂が,今度は直線的な急角度の長い上り坂となって現れた.さてどうするか.とりあえず自転車を急坂の前で停車し,残っていた手持ちの予備の行動食を全部平らげる.800kCalぐらいは突っ込んだはずだ.さあいくか.
すでに日も暮れ,外灯のない真っ暗な山の坂道を自転車を押しながら上っていく気持ちは,正直に言えばなんともわびしかった.農道のように道が狭くなく,空間があるため,余計にそう思えたのかもしれない.いくつかのアップダウンを終えて,峠を越え,ようやく平地に戻った時に初めて,自分は喉の渇きを覚えた.コンビニで甘い炭酸飲料が無性に飲みたくなった.
帰宅中なのだが,ここで少し目的が変わった.「コンビニで美味しい,甘い,冷たい,炭酸飲料を飲む」,なんとしても!
ところがその後,なかなかコンビニには遭遇せず,結局国道1号線沿いの北脇にあったセブンイレブンでようやくその目的を達成する事ができた.コカ・コーラも当然候補に上がったのだが,もっと安いものはないかと探したところ,このボトルが目に留まった.
「ゆずれもんサイダー 500ml」,コンビニなのに100円だ.安い!しかも甘酸っぱいものが飲みたかった自分にはぴったしじゃないか.さっそくスマホのEDYで支払いをして,コンビニの外に出て飲み始めた.こ・れ・が…うま~~い❢❢
久々にとびきりうまいボトル飲料を飲んだ.炭酸の爽快感,レモンのほどよい酸味,ゆずの芳醇な香り,そしてくどくない控えめな甘み.あまりにもうまくて,飲み干すのではなく,飲むのがもったいない気持ちすらしてきた.500mlを少しずつ飲み,味わうためにために,空いていた自転車のボトルホルダーに「ゆずれもんサイダー」をさして,信号で停まる度に少しずつ飲んだ.このこともおそらく,冒頭に記した「生きていることそのものへの喜び」につながっていたのだと思う.
それだけではない.帰宅後,夕飯の支度をし,自分はレトルト粥で夕食を取り,その後自動的に爆睡したのだが,次の日にどうしても,この「ゆずれもんサイダー」が飲みたくなってしまった.そこで雨の中を徒歩で片道15分程かかるセブンイレブンまで行って,3本ほど購入してきたのだ.
帰宅後,ワクワクしながらキャップを取って,一気に飲もうと開いた喉に注ぎ込んだが…ン?…何か違う…味と香りは同じなのに,あのスカッと感がない.まるで気の抜けたコーラのような…
そこでよくボトルを見るとなんと「ゆずれもん」となっているではないか?炭酸なしのバージョンがあったのか!しまった!
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