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2017年11月11日土曜日

夜間山行訓練:徳願寺山(352m)→梵天山(376m)→歓昌院坂(171m)縦走


★概要

  • 日程:2017年10月10日
  • 天候:曇り,梵天山山頂気温:19℃
  • コースタイム:
    自宅発1:05→徳願寺山門前(標高121m)着2:00→徳願寺ハイキングコース登山口着2:10→休憩5分→徳願寺ハイキングコース登山口発2:15→徳願寺山(標高352m)展望台(山頂)着2:45→休憩5分→徳願寺山展望台発2:50→梵天山(標高376m)山頂着3:05→歓昌院坂(標高171m)着3:40→休憩15分→歓昌院坂発3:55→梵天山山頂着4:25→徳願寺山展望台(山頂)着4:45→徳願寺ハイキングコース登山口着5:05→休憩5分→徳願寺ハイキングコース登山口発5:10→自宅着6:15
  • 総行動時間:4.5時間
  • 総休憩時間:30分 
  • 総移動距離:17km
  • 最高標高:376m(梵天山)

★写真(35枚)

https://photos.app.goo.gl/UHE8jme4Jk5JgkKm1

★ レポート

2017年10月5日.BS1スペシャル「幻の山カカボラジ 全記録~アジア最後の秘境を行く~」視聴.

この番組は,以前放送された「幻の山カカボラジ ~アジア最後の秘境を行く~」の完全版に当たる番組で,放送時間は以前の50分から110分に延長されている.
最初の短いバージョンを見た時に,「この内容からすれば2時間でも尺が全く足りないのではないか?」という印象を受けた.おそらく視聴者からの要望もあったのだろう.今回は20分の未公開映像(?)が加えられ,「全記録」として放送された.

自分にとって,この番組の見どころは,今まで一度しか登頂されたことのない「幻の山」登頂へのチャレンジもさることながら,やはり日本トップの若手登山家たち,特に平出和也氏と中島健郎氏の二人がどのような活躍をするかにあった.

このチャレンジの結末,あのなんとも言えぬ独特の後味を持つその結末を,自分はもちろん知ってはいたのだが,長期にわたる密林行や,現地ポーターたちのサボタージュも含めて,今回も興味深く,楽しく,ワクワクドキドキしながら見させていただいた.

そして山番組といえば,先日の10月9日,BSプレミアムで放送された「にっぽん百名山 鹿島槍ヶ岳」においては,三戸呂拓也氏(元明大山岳部主将)がガイドとして登場した.こうして図らずも,この世代のトップ登山家3人を連続してTVで目にすることになった.

それら若手の登山家たちが,それぞれの立場で山に関わっていく姿を見てしまったためだろうか?今,自分が全く山に登れていない,否,関わることすらできていないことに対して「焦り」のようなものが,再び首をもたげてきた.

いつまでも山に登れるわけではない.それはやはりTVで放映された,NHKドキュメンタリー「田部井淳子 最後の山へ」において,田部井さんの最後の富士山行を視聴した時,強く感じた.たとえ登れたとしても,加齢とともに山行に関する様々な制限やリスクが増えていくのは,当然といえば当然.

山行に関するあらゆる事柄において,「焦りは禁物」であることは百も承知.にも関わらず,心の奥底で何かがうずくのを感じた.

そんな思いの中で日常を過ごしながら,ある時,試しにスクワットで脚力を確かめてみた.結果はなんと連続70回でダウン.脚力がここまで落ちていたのかと愕然とする.それと同時に今まで定常的に感じていた例の「焦り」は,より明確で,ある種の熱を帯びた「危機感」のようなものに変化した.黄色から赤へ.何とかしなければ.

くどいようだが,今年の6月末の徳願寺山での夜間山行訓練以来,低山すら上っていない.7~9月まで間は心肺能力や脚の筋持久力向上,というよりは維持のために,20kg背負子を担ぎながら数時間平地を歩いたり,訓練用に購入したハイドロを背に20km程度,やはり平地で歩く・走るを数時間繰り返すなどは,ほんの数回やっていた.しかしバランス感覚や歩行技術等を含めた山行能力向上のためには,やはり山道を歩く必要のあることは痛絶に感じていた.何とかしなければ.

そしてチャンスが巡ってきた.2017年10月10日.月明かりのある深夜の5~6時間が自分に与えられたのだ.その与えられた時間と現在の体力から逆算すれば,できることは,いつものように徳願寺山に登るおなじみの「夜間山行訓練」ということになる.

ただ前回と同じではどこか物足りない.「チャレンジ」が欲しい.その「チャレンジ」によって,訓練へのモチベーションを上げたい.

そこでまず負荷を増やすことを考えた.いつもは実戦で使用するザックを,実戦で想定される重量14kg前後にして訓練をしていた.しかし今回は20kgの背負子を背負うことにした.背負うのは古本の入ったダンボールとペットボトルの水.水はウエイトとしてだけでなく,飲料用としても使用する予定.

そしてルートだが,とりあえず前回同様,徳願寺山ハイキングコースから梵天山に向かい,そのピークを超えて,尾根伝いにある歓昌院坂(峠)まで歩くことにした.歓昌院坂(峠)は以前,歓昌院側から何度か上ったことがある馴染みのある場所だ.ルート上には危険箇所もなく,分岐もあるにはあるが少ないはず.前回の訓練のマイナー・アップグレード版といったところか.

午前1時に自宅を出発.靴は前回と同じ訓練用のArpenaz 50 .この靴で行った前回の訓練においては,靴底が薄いためか,足の裏がかなり痛くなった事は前回ブログに書いた.その後,対策として,ダイソーのジェルインソール(300円)を靴の中に敷いてみた.その靴を履いて20kg背負子を背負い,何度か平地で試してみたところ,完全に痛みは取れるわけではないが,大幅に改善されることがわかった.今回は山道だが,果たしてどうなるか.

しばらく固い車道を歩いた後,ヘッデンを点灯して麓にある寺の脇から山道に入る.久々の夜の山道のためか,それとも通常より重い背負子のためか,少し緊張してしまった.足取りは予想した以上に重く,身体は硬い.

しばらくそんな状態で登っていくと,徳願寺山門前の農道についた.CTはほぼ前回通り.疲労感は前回よりかなり強いものの,体感経過時間よりも短いタイムであることが実測で判明し,少し安堵した.そう.ここまではまだよかった…

…舗装された農道の上り坂を歩きだしてみて,はっきりと気づいた.歩行の苦しさが前回とはまるで違うのだ.呼吸,体全体の疲労感,心拍数,発汗量.どれをとっても前回とは段違いだった.前回は,訓練とは言え,山行のムードを楽しむ「ゆとり」のようなものがあったのだが,今回はいきなり気の抜けない「戦い」の様相を呈した.

「こんな状態が続くようだったら,計画変更もあり得るな…」

そのような考えが頭の片隅をよぎる.だがそれは強いプレッシャーにはならなかった.序盤がかなり厳しくても,それを乗り越えてしまえば調子が出て楽になることはよくある.そのためこの時は,計画遂行に関して自分は楽観的に考えていた.

徳願寺ハイキングコース入り口前に到着.その手前に設置されたベンチに背負子をおろし,夜景をながめながら喫水休憩と写真撮影に約5分を費やす.その後,コース入り口に続く馴染みの細いコンクリ坂を上っていった.


ハイキングコースの状態は前回の訓練時とほぼ同じ.逆に言えば季節感もなく,「小さい秋」すらどこにも見当たらない.いや,むしろ想定よりもはるかに蒸し暑く,晩夏のイメージに近い.この分では水消費も予想を上回るだろうが,ウエイトとして水は4.5リットルも背負っている.不足することはまずあるまい.

ハイキングコースに入ってからも,あいかわらず足取りも気持ちも重く,「戦い」は続いていた.やがて「戦い」は一種の諦念のようなものに到達し,感情は平坦になり,身体の動きは自動化されていく.まるでマシンだ.

前回の訓練行のCTから約5分遅れで,中継地点である徳願寺山展望台に到着.ここで再び5分休憩.写真撮影を試みたが,こちらも前回同様,安倍川方面の視界を伸びた樹木が遮っており,あまり夜景が見えない.すぐに背負子を担ぎ直し,梵天山へと向かう.

ここからも前回と同じ.尾根伝いの山道を軽くアップダウンしながら歩くと,15分ほどで梵天山山頂に到着した.山頂の様子と寒暖計の写真撮影を行う.そこで前回は気づかなかった標識を発見した.


山名標柱の前辺りに「南アルプス・奥大井自然公園運営協議会」の黄色い標識があった.なぜだろう?こんな山まで,この団体の守備範囲とも思えないのだが…


木の幹に設置されている寒暖計の表示は「19度」.しかしとても19度とは思えない.湿度が高く,風もないためか,体感的には2~3度高く感じた.また前回同様,未だに蚊も飛んでいる.長居は無用.撮影完了後,歓昌院坂を目指し,さっさと頂上を後にした.

梵天山山頂から歓昌院坂(峠)に向かう山道は,尾根伝いに下っていくのだが,これが意外だった.予想以上に急な下り坂だ.道筋もやや薄い.数年前に歓昌院坂から梵天山まで上ったことがあったため,ろくに地形図も確認してこなかったのだが,帰宅後調べてみると歓昌院坂と梵天山山頂の標高差は約200m,距離は約600mあった.この距離の内,中盤の約200mは平坦でアップダウンがない.必然的に標高差のしわ寄せが,序盤と終盤(約400m)に急坂となって現れる.そしてこの急坂がツヅラではなく,直登となっていたため,意表を突かれた形となったわけだ.夜で視界があまり良くないため,当然慎重に道筋を見極めながら下る.

「これは思った以上のタイムロスになる.そして帰りは間違いなく,ここで『戦い』になる」

実際,帰宅してからこの部分のCTをGPSログから確認してみると,上りと下りがほぼ同じだった…

最初の急坂を降りてしばらく行くと,懐かしい黄色い標識がヘッデンの投げかけた光の中に現れた.中電巡視路標識.いったい何ヶ月ぶりだろう?この慣れ親しんでいた標識を見るのは.


そうだ.確かこの道は中電の巡視路でもあったのだ.この標識には山の中で随分お世話になった.少し懐かしさがこみ上げてきた.

更に歩を進めると開けた場所に出た.そびえ立つ黒い影がある.中電の高圧線鉄塔だ.こちらもかつて随分お世話になった.高圧線鉄塔は自分にとって山中のランドマークであり,消失することのない堅牢な中間目標であった.またそこから長くまっすぐに伸びる高圧線は,方向と位置を教えてくれる大事な基準線にもなってくれた.真夜中であるため月夜とは言え,電線はおろか,鉄塔の上部すら闇に飲み込まれ,塔脚以外には何も見えなかったが,長年相見えなかった友と突然出会ったような,不思議なムードが自分を包み込んだ.

おそらく時間に余裕があったのなら,少しの間,このムードを楽しむために小休止するのだろうが,今回はそうもいかない.戦いが待っている.少しだけ写真撮影して,歓昌院坂へ急いだ.

平坦な,しかし少し狭い尾根筋を歩いていくと,再び下り坂が始まった.おそらくこの下り坂が終われば,歓昌院坂なのだろう.思ったより下り坂は長く感じたが,暫く下ると目的地である懐かしの歓昌院坂(峠)に到着した.

ヘッデンの光を回して周囲をザッとみた感じでは,以前来た時とあまり変わっていないようだった.以前来た時に倒れていた標柱は,結局作り直されなかったようで,残骸らしきものを地面に撒き散らし,横たわっている.さらに見渡すと誰が作ってくださったのか,小さな丸太ベンチがあった.これは以前にもあったかな?

さっそくベンチに背負子をおろし,しばし休憩.水を飲み,汗を拭きながら周囲をさらに散策する.するとたくさんの標識というより,看板(?)が新たに取付けられていることがわかった.


どうやら市岳連が取り付けた看板標識らしい.これらは以前にはなかったものだ.ブラックボードのように,黒地に白文字というところが斬新だ.この他に小さな案内図も木につけられていた.


これも以前にはなかったように思う.これは市岳連が付けたかどうかは分からない.防水のためか,ビニールの中に入れてあるので,暫くの間は持ちこたえそうだ.

ただ不思議なことに,この案内図を除いて,市岳連の看板標識には梵天山(別名高山)・徳願寺山方面や駿河嶺・大鈩山方面を指導しているものはなかった.自分が見落としたのかもしれないが,市岳連の方針としては,いわゆる「丸子アルプス」の尾根筋を歩くことは推奨していないのかもしれない.

周囲撮影を中心に約15分ほど休憩した後,やや気の重さを感じつつ帰路についた.ここまで脚,膝,腰などの関節や筋肉に炎症的痛みはないし,ズッコケることもなかった.ただ,この帰路はわからない.例の急登を上って疲れた後,下っていく感じになるので,膝が安定しない状態で下らねばならない可能性がある.そうなると膝などに負担がかかり,痛い目にあうかもしれない.

しかし実際に直急登の上りが始まると,そんな先のことなどは考えていられなくなった.脚の疲労と呼吸の苦しさで連続して上ることができない.情けないが,マイクロピッチを切らざるを得なかった.適当な木の根元でダブルストックに顎を乗せ,短い休息を何度も取りながら,効率の悪い上りを繰り返す.失われた体力を再び痛絶に感じつつ…

その感覚は,以前登った大光山山頂(1662m)手前の最後の急登を思い出させた.やっていることのレベルはまるっきり違うのだが,苦しさや状況が似ていたためだろう.あの時は快晴で暑い夏の日だったな.風もあまり吹いていなかった…

次に思い浮かんだのが,「スッペン河内」のガレから二王山(1208m)に向かう直急登だ.まっすぐに空へと続くあの細い坂道.下山時,日没が近づいているというのに,登っても登っても終わらない上り坂.何度,坂の上を見上げても,それは全く近づいてこない…そう,あれは確かに体力よりも精神にこたえた…

その無限の坂道をやっと登りきって,ようやく二王山山頂前のガスに覆われた平坦地についた時の安堵感.視界の効かないモノトーンの世界の中で,濡れた枯葉の上に残された微かな踏み跡を一人でただただ辿っていくと,穏やかな至福感が自分を徐々に包んでいった.

「ここは『この世』なのだろうか?」

そんな疑問すら,気が抜けて理性の麻痺した精神には,なんのためらいもなく浮かんでくる…


しかし今回の訓練にそのような「甘いご褒美」はない.急登が終わり,梵天山山頂に戻ってきて,これで一段落したことにホッとしたにはした.しかし梵天山の山頂にあるのは深い闇と蠢く小さな虫たちだけ.何のセンチメントも感じられず,そのままピークをスルーした.訓練なのだ.

その後はいつもより疲れはあるものの,ケガや故障もなく,徳願寺山展望台を通過.順調に下山していった.だが,一つだけ前回の訓練の時と重要な違いがあった.それは時間感覚のズレだ.おそらく疲労と背負子重量のためだと思われるが,いつもの道が異様に長く感じられたのだ.徳願寺山展望台からハイキングコース入口までの途中にベンチがあるのだが,それが何時までたっても現れない.もしやいつの間にか,どこかの知らない道に引き込まれてしまったのか?滑りやすい濡れた山道を下りながら,若干の不安にかられた.

不安感とともに,しばらくそのまま下っていくと,その例のベンチがひょいと右手に現れた.なんだ,間違っていなかったんだ.よかった.

ここでようやく自分の時間感覚が,通常の状態でないことに気づくことができた.背負っている重量とこの時間感覚のズレの相関関係は明らかではないが,おそらく正の相関関係がありそうだ.精神物理学.今回の訓練によって,それを実体験できたのは収穫だった.

ハイキングコース入口から農道に出ると,空が薄っすら白み始めているのがわかった.再び入口前のベンチに背負子をおろして,何枚か写真撮影.


撮影が終わり,再び背負子を背負い直して歩き始めた時,後方で何かが動く気配がして,ドキッとした.まだ暗くてよくわからないが,どうやら獣ではなく,人間らしい.話し声も聞こえてくる.二人連れのようだ.夜も開けきらないこの時間に,この真っ暗な農道を歩く人がいるのか?

その人達との間にはまだ距離があったので,自分はとりあえずそのまま前方に歩き続けた.ところがこのお二人の歩速が自分よりかなり速かった.健脚者のようだ.どんどん近づいてくるのがわかる.もしかしたら作物泥棒に間違われて,後をつけられているのかもしれない.そんな疑心暗鬼の気持ちが湧いてきた.

とうとうお二人に背後から追いつかれた.聞こえてくる話し声から判断すると,どうやら年配のご夫婦のようだ.お二人が自分の横を追い抜いぬきかけた時,自分は普段通り「おはようございます」と声をかけてみた.

山行中,あるいは山行前の農道や林道中に,出くわした人には基本的に挨拶するのは,自分にとって鉄則中の鉄則だ.理由はいくつかある.1つ目はその山域に関する最新の情報を交換するため.2つ目は何らかの事故が近隣で発生した時,協力して救助に当たるための準備として.3つ目は単独行者である自分と出会ったことを頭の片隅にでも覚えてもらい,万が一自分が遭難しニュースになった時に,自分に関する情報を救助隊に通報してもらうため.4つ目はもちろん,出会いそのものを楽しむため…

「おはようございます」明るい声で挨拶が返ってきた.返ってきたということは,会話ができる可能性があるということだ.山行中で出会う単独行者の中には,挨拶しても返事が返ってこない場合がある.明らかに話しかけられたくない,あるいは,人と関わりたくないという意思表明だ.それは単独行者の「スタイル」の一種なのだろうが,そのような孤独な(?)単独行者に出会うと,自分はいつも心配になる.

挨拶に続けて,この徳願寺山周囲の状況について,色々とお二人に尋ねてみた.すると意外なことがわかった.まず驚いたのは,この周辺でもニホンカモシカを見かけることがあるということ.ニホンカモシカというと,だいたいこの場所から30キロぐらい北,つまり南アルプス近くまで行かない見ることができないというイメージが自分にはあった.そのイメージは完全に覆された.

もう一つ驚いたのが,今回歩いた山道にマムシが出るということだ.旦那さんが山行中に何回か出会って,一匹はストックで退治したとのことだった.いままでこのルート上では,マムシはおろか蛇に出会ったことは一度もなかったが,今後は注意せねばなるまい.

ご夫婦は登山もされるようで,もしかしたらそのための体力づくりとして,この農道を散歩されているのかもしれない.そんなことを思いながら話を続けていると,農道から自分の下山するルートに分岐する徳願寺山門前に出た.お二人とはそこでお別れをして,自分は再び下りの山道に入った.

下山し,安倍川沿いの車道を歩き始めた時には,すでに朝日が登っていた.車や自転車の往来も始まる中,奇妙な背負子を背負って歩く自分は奇異に見えたかもしれない.少し恥ずかしさを覚えたが,固い舗装道路歩行のために痛み始めた足裏や,脚の筋肉痛,さらには荒い呼吸が,それらの気持ちを押し流すと同時に,「帰還」への集中を促していく…

そして帰宅後,かなりの疲労はあったものの,心配された関節炎などの身体へのダメージはあまり感じられなかった.おおむね訓練は無事にうまくこなしたようだ.課題としては,今回使用したシューズのインソール表面が滑りやすく,靴の中で足が動いてしまう点.特に横に動いてしまう点は看過できない.靴下を変えるか,別のインソールを試すか,現在のところ決まっていない.そして次の山行計画も全く…



2017年7月3日月曜日

夜間山行訓練:徳願寺山(352m)→梵天山(376m)縦走

★概要

  • 日程:2017年6月29~30日
  • 天候:曇り,梵天山山頂気温:21℃
  • コースタイム:
    自宅発21:40→徳願寺山門前(標高121m)着22:30→徳願寺ハイキングコース登山口着22:40→休憩・準備5分→徳願寺ハイキングコース登山口発22:45→徳願寺山(標高352m)展望台(山頂)着23:10→梵天山(標高376m)山頂着23:25→休憩20分→梵天山山頂発23:45→徳願寺山展望台(山頂)着0:00→徳願寺ハイキングコース登山口着0:20→休憩・準備5分→徳願寺ハイキングコース登山口発0:25→自宅着1:35
  • 総行動時間:3.5時間
  • 総休憩時間:30分 
  • 総移動距離:14km
  • 最高標高:376m

★ レポート

雲ノ平を見てしまった!
 雲ノ平を見てしまった!

…もちろん実際に雲ノ平に行ったのではない.そんな時間も体力も財力も,今の自分には全くない.

今回見たこの二本は,今まで見てきた山番組と一味違っていて,深く自分の印象に残った.
その理由を少しあげてみよう.
まず,今回の採用ルートが北アルプス裏銀座縦走となっており,最初に日本三大急登の「ブナ立て尾根」が出てくるところ.
次に今回のガイドが,三俣山荘と水晶小屋管理人である伊藤圭氏であり,彼が長靴を履いて山を登っていたこと.
昨年お亡くなりになった彼の父上で「黒部の山賊」の著者,伊藤正一氏が紹介され,彼の持っていた山への恐るべき「情熱」を知ったこと.
さらに彼と,その弟の雲ノ平山荘管理人である伊藤二朗氏が,父正一氏について率直に語ってくださったこと.
そしてダメ押し.

山行中に伊藤圭氏の目の前で滑落事故が発生し,彼が実際に谷を降り,救助に向かったこと.
あのサバイバル登山家服部文祥氏が,テレビ番組「情熱大陸」収録中にやはり20m滑落し,肋骨を3本折った時,カメラマンとして同行していた平出和也氏(ピオレドール受賞者)に救助されたエピソードを彷彿とさせる場面だった.
しかし今回はそれだけにとどまらない.さらに印象に残ったのは,小屋に担ぎ込まれた遭難者を手当する小屋スタッフの手際の良さ.まるでERさながら.スタッフ全員が一体となって,各自無駄のない動きで,遭難者を迅速に処置していくその姿に,自分は深い感銘を受けた.
つまりこの番組の内容は,本来のトレッキングコース紹介といった趣旨からかなり離れた,いわゆる「登山」色の濃いものだったのだ.
おそらくのその「色」,その「匂い」が自分を強く刺激したのだろう.
「何が何でも山に行くのだ!」
どんな小さな山でもいいから,とにかく登りたいという思いが,激しく燃え上がってしまい,もはや居ても立ってもいられない.
暫くの間,梅雨っぽい雨空ではあったが,今晩はありがたいことに雨が降りそうもない.その他の条件も何故か今日は揃っている.いける.今晩やるしかない.
といっても諸事情で確保できる時間は,4時間程度.さらには山行計画も,身体的な準備も,装備のチェックもできていない状態.できることは当然「訓練」ということになるだろう.
訓練ならばやはり,通い慣れている徳願寺山が目的地として一番適当,かつ確実なのだろう.が,今回,それだけでは,何か物足りない.満足できそうにない.そこでいつかは歩こうと思っていた,徳願寺山から梵天山までの縦走路を計画に組み入れた.
梵天山(376m)は、以前に別ルートから上ったことがのある低山で,山頂の様子もよく知っている.夜間山行訓練の目的地としては,ちょうどよいと思えた.
前述の通り,この日の状況は,山行訓練実施にほぼうってつけだったのだが,実はいくつかの懸念材料もあった.まず一つ目は,その日の昼に腹を下していたこと.原因は不明で腹痛もなかったので,飲みすぎて水腹だったのかもしれない.一度トイレに行ったあとは,変調は起こらなかったが,やや気になる.
もう一つは,なんといっても体力面.前回,同じ徳願寺山に訓練に行ってから,5ヶ月が経過している.その間,当初はスクワットやシットアップなどの筋トレをしていたのだが,最近は筋トレをする元気すらなくなってしまっていた.いつ山に行けるのか,全くめどがつかない状況において,筋トレを動機づけることは,想像以上に難しいことだった.
これらは全く持って「言い訳」にすぎないのだが,とりあえず体調悪化による訓練中止も視野に入れながら,装備準備を開始した.
実は,今回の山行には,訓練の他にもう一つのやっておきたいことがあった.2つの装備テストだ.

前回の山行訓練中,使用していたランニングシューズのアウトソールが破損した.そのため,安い練習用トレッキングシューズを探したのだが,結局最も安価であろうケシュア(デカトロン)の Arpenaz 50 (税込1,990円)を購入することにした.すでに普段履きの靴として,慣らしを兼ねて舗装路で使用しているが,果たしてトレイルにどのぐらい耐えられるのかは未知数だった.
もう一つは,新たに買い替えたスマホg07のGPS性能とそのバッテリーに関するもの.g07のGPS精度,GPSロギングによるバッテリー消費傾向,及びモバイルバッテリーによる充電速度に関するテストだ.アンドロイドアプリ「山岳ロガー」でGPSログを取りつつ,GPS精度やバッテリー消費量をチェックし,本番山行に対応できるかどうかを確かめたい.
ちなみにスマホg07は,先日日本のGPS衛星「みちびき(QZSS)」にアップデートで対応し,GPS精度が向上した.しかしながらそれでも,以前から山行のGPSログに使用していたタブレットNexus7と比較すると,明らかにGPS精度は落ちる.果たしてg07は,GPSロガーとしてNexus7の代替となりうるのかを確認したい.
そそくさと装備を準備するが,何しろ久々なので手際が悪い.幾つかの手順を忘れていたことには,山頂についてから気づいた.携行する水は,ほぼ夏仕様の3.5リットル.本日は湿度がかなり高いとはいえ,かなり余ることになるだろう.ザック重量は13kg程度か.

21:40自宅を出発.徒歩で徳願寺山門に至る登山口前まで移動.ここでヘッデンを装着し,山道に踏み込んだ.湿度が非常に高いため,土も石も濡れており,予想以上に滑りやすい.ただし Arpenaz 50 のアウトソールには,そこそこのグリップ力と耐久力があるようで,最後まで一度もコケることもなく,またアウトソールが壊れたり,大きく摩耗することもなかった.

最後の階段を登り切り,徳願寺山門の手前に出る.ここからは舗装された真っ暗な農道を,徳願寺ハイキングコース入り口を目指して歩いて行く.道の両側から聞こえてくる,カエルの鳴き声がけたたましい.いったいカエルたちはいつ寝るのだろう? 

10分ほどでハイキングコース入り口に到着.ここから再び山道に入る.山道の状態は以前と変わっていないようだ.ただ途中で一つ変わったものを見つけた.


キノコだ.この季節に出てくるキノコもあるのだな.とりあえずスマホで写真をとっておく.

ここからは杉林の中,ずっと上りが続くのだが,思ったより身体が動いてくれるのがありがたい.湿度は予想よりはるかに高く,ヘッデンの光に身体から出る湯気が浮かび上がる.シャツはもちろん汗だくだ.

約30分で第1目的地の徳願寺山頂の展望台に到着.冬に訓練で登った時は,ここから静岡市街の夜景を見ることができたが,今回は樹木が伸びており,夜景は見ることができなかった.ただ山頂のベンチの後ろに,見知らぬ白い花がいくつか咲いていた.なんとなく自生ではないように感じられたが…


いつもならここのベンチに座って休憩を取るのだが,今回の最終目的地はここではない.撮影後すぐに,梵天山への分岐のある仏平に向かって歩き出した.

数分で仏平に到着.そこで,以前あったかどうかは忘れてしまったが,仏平の標識の上に,有志によるものであろう案内図を発見.先を急いだので,内容は未確認.


ここからは徳願寺ハイキングコースを離れて,梵天山への山道に入る.まったくの未知領域.最初は下りだ.

少し歩いて見てわかったのだが,そこそこ需要のある道らしく,予想以上に踏まれている.道筋もはっきりしている上に,分岐も出てこない.これならば,迷うこともなさそうだ.ただしハイキングコースではないためか,官製標識は出てこない.出てくるのはテープとケルンらしき石積みぐらい.
 

何度かアップダウンを繰り返し,15分ほどで数年ぶりに梵天山山頂に到着.ここは樹林に囲まれているため,展望も風も全く無い.



以前も使わせてもらったベンチにザックをおろし,さっそく休憩に入る.そして自分もベンチに座ろうと思い,敷物を濡れたベンチ上に敷こうとした時だった.ヘッデンの光条がベンチの上に何か蠢くものをとらえた.


大量のヤスデだ.ムカデと違って,噛み付いてくることはないらしいが,身体に這い上がって来ることだけはご御免被りたい.ここで座るのは諦めた.とりあえず立ったまま休憩.

梵天山は,いわゆる「丸子アルプス」に含まれる山.丸子アルプスの各山頂には,ノートと筆記具を収納する手製ポスト,寒暖計,丸太ベンチなどが備えられている場合が多いが,梵天山山頂もその例にもれず,それらが設置されていた.そこで寒暖計の温度を見てみる.



気温は思ったより低く,21度程度.暑く感じるのは,主に湿度のためのようだ.

目的地についたので,スマホから家人にGoogleハングアウトによる音声電話をかけてみる.ところが予想に反して,これがつながらない.ここは市街地に近く,完全に電波圏内であるはずなのに.スマホのSIMインジケーターを見てみると,なるほど4Gではなく3G通信に切り替わっており,なおかつ,ほとんど入感していない.湿度の高い樹林が電波を吸収してしまうのだろうか?何度か,トライしてみたがつながらず,途中で通話は断念した.

そうこうしている間に20分が経過.風もない山頂は蒸し風呂のように暑く,拭いても拭いても汗が吹き出てくる.ヤブ蚊も多く,すでに脚など数カ所を刺されていた.これは長いは無用.とっとと下山しよう.

下山のため歩き出すと,身体は思った以上に休まったようで,小気味よい良いテンポで歩を進めることができる.以前,山によく行っていた頃の,身体の感覚が戻ってきたような気がして,それがとても嬉しかった.ただし滑りやすい濡れた道を下るため,適度な制動と慎重さは,下山中ずっと要求された.

山道を抜け,農道に出て,数分歩いた時,ヘッデンの光がコンクリの壁に書かれている落書きのようなものをとらえた.


「仏平頂上↑」

その隣にコンクリートの階段.

どうやら徳願寺ハイキングコースとは別に,仏平に至るルートがあり,その登山口を示しているようだ.これは以前からあったような気もするが,石か何かで引っ掻いて書かれたらしい文字が,記憶よりもはっきりしているように見える.このルートの状態は全くわからない.日中に訓練時間が取れたら,チャレンジしてみたい.

さらに農道をしばらく歩いた頃から,足の裏にトラブルが発生した.両足の拇指球あたりが痛くなってきたのだ.おそらく靴紐の縛り方が甘かったのだろう.下りの歩行において,両足が靴の中で前方に動いて,ひどく擦れてしまったようだ.もはや血豆ができていてもおかしくない痛さだったが,帰宅を急ぐため,痛みを無視してそのまま歩くことにした.

下山を終えて一般道に入ってからは,足の裏の痛みはさらに増した.Arpenaz 50 は,今まで使用してきたトレッキングシューズと比較して,クッション性がほとんど感じられない.足の裏着地時の衝撃が,直に伝わってくる感じの靴だ.もしかしたらミッドソールが殆ど無いのかもしれない.これに関してはインソールを交換するなど,何らかの対策が必要になりそうだ.

1:35無事帰宅.疲れはあったが,想定内に収まった感じ.膝も壊れなかったし,腹痛も発生せず.足の裏をチェックしてみたが,拇指球部が赤く腫れていたものの,血豆はなく,その後,徐々に腫れも引いていった.ただ,右足の人差し指の爪はグラグラになっていたが…

水消費量は2リットルだったが,これはやや無理して飲んだ結果であり,本来の消費量はもう少し少なかったはず.

風呂に入って汗を流し,空腹を感じたので,カップ麺を食らう.そして…

…そしてじんわりと「満足」を味わった.肩に残るザック重量の余韻,脚全体を覆う熱い火照り,鈍い肉体的精神的疲労感,長い沈黙によって平に慣らされた「たましい」

「山に行ってきたのだ」

この不思議な満足感は,単純に山行欲求が満たされたことによるものではない.「今生きている」こと,そのものに対する満足と言ったらいいのだろうか?…よくわからない.感謝の念が自然に,心の奥底から湧き上がってくる.ああ,本当によかった.

これで終われば「めでたし,めでたし」だったのだろうが,話はここで終わらない.

実はその夜,うまく眠れなかったのだ.脚がひどく火照ってしまい,暑くて眠れない.そのうちウトウトしだしたのだが,明け方頃,急に目が覚めてしまった.そして体の変調に気づいた.喉の痛み,鼻詰まり,そして頭痛.油断してしまった.これはアレルギー症状か,風邪を引いた感じだ.アフターケアが足りなかったのかもしれない.

確かに今年の春は,全く山行ができなかったので,杉に慣れる機会はなかった.今回は久々の杉林山行だったので,もしかしたら知らず知らずのうちに,ある程度の量のスギ花粉を吸い込んでしまった可能性がある.そういえば顔も少し腫れている感じだ.杉林の中で,顔の汗を頻繁に拭き取ると,花粉が皮膚に刷り込まれて,この現象が起こることは,経験的には知っている.しかしアレルギーならば,目に異常がないのはなぜか?

目に異常がないとなると,風邪である可能性の方が高い.そこでとりあえずパブロンSを服用することにした.服用後は症状が緩和されたが,パブロンが切れてくると症状がぶり返したため,複数回の服用を余儀なくされた.

行動時間中は,思ったよりも身体が衰退していないと感じていたのだが,とんでもない錯覚だったようだ.このぐらいの負荷で風邪を引いてしまうということは,全く身体はできていないということじゃないか.

今は座学も,訓練も,筋トレも足りていない.これでは山に行く機会が巡ってきたとしても,単独山行は無謀というほかなかろう.

「ではどうするんだ?お前は.」とも思うのだが,今はその思いを脇においておくことを,どうかお許し願いたい.

今はもう少しだけ.この小さな山行の,甘い余韻に浸っていたいので.