2016年12月30日金曜日

途中撤退:湯沢→湯沢峠→高ドッキョウ(1134m)

★概要

  • 日程:2016年12月9日
  • 天候:晴れ時々くもり,湯沢峠(614m)気温: 8.9℃,時々強風
  • 最終到達地点
    ▪笹の激薮(標高750m地点)
    ▪戸谷金山まで直線距離450m,標高差150m
  • コースタイム
    自宅発4:05→湯沢(坂本標識)着7:25→高ドッキョウ登山口着7:40→湯沢峠着9:45→休憩・撮影15分→湯沢峠発10:00→最終到達地点着11:15→停滞5分→撤退開始11:20→湯沢峠着12:05→休憩1時間10分→湯沢峠発12:15→高ドッキョウ登山口着14:00→湯沢(坂本標識)着14:20→自宅着17:40
  • 総行動時間:14時間(自転車:3.5+3.5時間,山行:3.5+2.5時間) 
  • 総休憩時間:2時間
  • ルート:松浦理博「安倍山系 上」,高ドッキョウ・ルート②

★写真(110枚)

★動画(4本)


★ レポート

前回投稿した「高ドッキョウ(1134m):静岡市側からの登山ルートまとめ」.そこで紹介した「③大平バス停→出羽橋林道→和田島少年自然の家認定路経由」ルートを前回の山行では採用したが,結果は笹と茨の激藪に進行を阻まれ,途中撤退に終わった

そこで今回は「②板井沢バス停→湯沢峠→戸谷金山経由」ルートで上ってみることにした.今回,このルートを採用した理由は,以下の通り.
  • 比較的自転車行が短い
  • ルートに関する情報量が少ないため,情報収集したい
  • 地形図破線ルートを指導していると推測される「坂本標識」の確認
つまり高ドッキョウ登頂が目的というよりは,ルート踏査が目的と言ってもいいかもしれない.ほとんど歩かれていないルートである可能性が高いため,当然の事ながら,道は相当に荒れており,長時間の薮こぎも覚悟しなくてはなるまい.場合によっては,前回のように途中撤退も十分ありうる.

そのような山行イメージが醸し出す,やや重苦しいプレシャーの中,今回の山行はスタートした.

前回の自転車行の失敗を踏まえて,今回は自宅から国道1号線を興津まで行き,そこから国道52号線に乗って,興津川沿いに北上するルートを採用した.このルートならば大したアップダウンや峠越えもない.しかしながら以前のルートよりは遠回りにはなるので,それなりに時間がかかることが予想された.

実際に自転車行に入ってみると,ほぼ想定通りの肉体的負荷で,湯沢につくことが出来た.ただし自転車行は,長くても3時間と見積もってた予想をややオーバーし,3.5時間もかかってしまった.今回の行きの自転車行においては,計画的休憩は取ることはなかったが,次回このルートを取る場合は,計画的休憩は必須となるだろう.

行きの自転車行の最後,湯沢地区に至る車道の坂は,自転車を下りて押しながら上っていった.暫く上っていくと前方の沢沿いに立っていた樹木の一本に,見慣れた白い標識がかかっているのが見えてきた.そう,坂本標識だ.


いきなり坂本標識が出迎えてくれるとは,ありがたい.標識の横に駐輪スペースがあったので,そこに自転車を駐輪し,標識が指し示す沢沿いの車道を歩き始める.

暫く車道を行くと,湯沢川にかかる湯沢橋の前に出た.標識によるとこの橋が湯沢川の起点となるようだ.橋を渡り,そのまま道なりに集落の中に入っていく.例によって民家の飼い犬に吠え立てられながら,歩を進めていくと左側の斜面に神社が現れた.はて,神社など「安倍山系」に書かれていたか?地図を確認すると,どうやら登山口への分岐を見落としたようだ.

そそくさと来た道を戻っていくと,分岐らしきものを発見したが,どう見ても民家への私道にしか見えない.しかしながら他に分岐はないので,とりあえず私道らしき道を行かせてもらうことにした.

1分も経たずに一軒の民家の手前に到着.その角の雨樋には再び白いあの標識,坂本標識だ.標識はその民家と隣接する倉庫のような建物の間にある,細い通路を指し示している.なんとなく気後れしながら,その通路の奥へと進むと,ありました.建物の裏の斜面に,雑草に覆われた薄っすらとした道筋.ここが登山口だ.


登山口からすでに雑草に覆われているということは,その後はどうなるのだろう?やや不安を感じつつ,ザックを下ろし,上りの準備をした.

実際に登山口から上り始めてみると,案の定,道は荒れており,ススキなどの背の高い草に覆われ,半藪化していた.ただそれでも道筋が完全に消えているわけではない.階段も設けられているので,それをたよりに草をかき分け上っていく.

やがて尾根らしき樹木のある場所についた.ありがたいことに,そこからは明瞭な尾根道が上へ伸びていた.「これがずっと続いてくれればいいのだが…」そんな想いを抱きつつ,やや荒れた薄暗い道を上っていく.


そこから10分も歩かない内に,道は笹薮の中に吸い込まれていった.少し漕いでみたのだが,結構厳しいことがわかったため,後退.ここに付く前に,この笹薮を右に巻く分岐らしきものがあったので,その分岐を歩くことにした.

右に巻く道筋はしばらく歩いていく内に薄くなり,曖昧になっていった.このまますすめば本道からどんどんそれてしまう.道の左斜面には何本か尾根に向かって上ったような形跡が見える.獣道にしては広めなので,人が登った後なのかもしれない.そこでとりあえず,その中でも一番明瞭で上りやすそうな道を選び,尾根に取り付く.

ありがたいことに,尾根には荒れた薄い道らしきものがあった.それに沿って尾根筋を上っていくと,少し離れた切り株に,白い札がついているのが見えた.おお,再びお助けの坂本標識.


枝などをまたぎながら,標識に近寄ってみると,その左右に先程の笹薮から伸びてきているらしい本道(?)が薄っすらと見えた.そこで今度は,その本道らしきものの上を歩いたのだが,かなり薄く不明瞭で,時々見失ってしまう.そのため大体の感じで杉の枝だらけの尾根筋を上っていくと.突如,目の前に人工建造物が現れた.


建造物というのは大げさだ.小さなトタン製の簡易小屋で,近くに廃索道も見える.「安倍山系」に書かれていた「三角形の小屋」とはコレのことだったのか.ならば道も間違っていなかったということになる.ちょっと安堵した.しかもありがたいことに,そこから先の尾根道ははっきりしている.この調子ならば,順調に行けそうではないか.

その尾根道には坂本標識が何度も現れてくれた.前回の投稿で「坂本標識は破線路を指導している」と書いたが,どうやら自分の勘違いのようだ.記事の訂正をしなければいけないなと思いつつ,広葉樹の尾根を歩いて行く.

しばらく行くと,大きな岩がいくつか固まっている分岐点らしき場所に出た.「安倍山系」によると,途中からこの尾根を下り,左斜面の沢沿いを行くことになっていた.確かに左に道らしきものが見える.しかしこのまま尾根を直進することもできそうだ.さてどうするか?


「ルート②の状態を確認したい」という強い思いが自分にはあった.そこでルート②の通り,ここで左折し,トラヴァース道へ乗ってみることにした.ところが,その道を少し歩いたところで,すぐに道が不明瞭になってしまった.「安倍山系」では「左山腹を進んで水平になる」とあったので,なんとなく尾根の左の斜面を水平に歩いてみたのだが,倒木やら灌木やら笹やら薮やら急斜面やらが現れ,進行が厳しくなってしまった.

やむを得ず,分岐点に向かって引き返すことにした.その間に尾根に取り付けそうな斜面があったので,そこを上って尾根に取り付く.するとその尾根には道らしいものがあるではないか.こちらのほうが全然安全で,歩きやすそうだったため,ここからはルート②を諦めて,尾根筋を行くことにした.

それからは,あれほど親切だった坂本標識もテープも一切,なくなった.本道でないのでしかたがない.再び不安が心の隅に湧いてきたのだが,道が明瞭で歩きやすいことが気分を軽くした.歩きにくく時間がかかる不明瞭な本道と,歩きやすく明瞭な情報のない未知の道とどちらをとるべきなのか?それは,ケースによるのだろう.まあこの道が行き止まりになったら,また先程の分岐まで後戻りするだけだ.

尾根道はやがて杉の植林帯に入って行き,そして消えた.正面は,薮の下り斜面のようになっていてほぼ進行不能に見える.右前方の山側斜面は,杉林となっており登れそうだが,目的としている湯沢峠や本道(ルート②)から大きくそれてしまう.となると…左の谷側斜面を下ることになりそうだ.

左谷側斜面もやはり杉林となっているが,よくよく見ると誰かが下ったようなトレースがいくつかある.その中でも湯沢峠に向かっている感じのするトレースを選んで,それを追ってみた.

少し前方へ斜めに下っていくと,トレースは薮っぽい荒れた場所に飲み込まれてしまった.硬い灌木が主体の薮っぽい場所だが,それほど濃くはなく何とかなりそうな感じだ.道もはっきり見えている.


ということで,この薮っぽい場所に突っ込んでいったのだが,案の定,それは10分もかからず抜けることが出来た.そして…

それまでとは打って変わった,明るく穏やかな場所に出た.見上げれば,紅葉している木の枝々.おもわずそれまでの緊張がほぐれ,自然に微笑みが浮かんできた.どこかフカフカした(?)気持ちで,歩きやすい枯れ葉の絨毯の上を歩いて行く.「ここにはこんな場所もあるんだなぁ」


何かに導かれるようにして涸れ沢を渡り,柔らかな日差しの中を歩いていくと,前方の道が笹薮の斜面へと続いていくのが見えた.しかし目指す湯沢峠はもう目前であり,この笹の斜面も長くは続かないはずだ.そこで笹のことはあまり気にせず,力まずに笹薮に入っていった.

思った通り,藪はすぐに抜けることが出来た.前方の視界を横切る尾根筋.木の幹に坂本標識.そして比較的大きめの石仏.湯沢峠に到着.


湯沢峠では計画通り,休憩しながら撮影を行う.現在時間は午前9:45.この時間ならば,まだ高ドッキョウ頂上に到達できる可能性がある.そう思うと一段と気持ちがほぐれてきた.気持ちがほぐれた理由は,もう一つある.それはこの峠の石仏によるものだ.自分はこの石仏を最初に見た時,心が一気に和み,感動すら覚えた.

御存知の通り,日本の峠には石仏がつきものだが,ここの石仏は今まで見てきたものとは印象がかなり異なる.非常に安定した丸みを帯びた三角の形状.おそらく風雪に削られたであろう石肌をうっすらと覆う苔の淡い緑.凹凸のない眠っているような穏やかな表情.全体の中心には両手で柔らかく握られている「おにぎり」のやはり三角…


おそらく自分は,ここに来るまで随分と力んできたのだろう.不明瞭な道や薮によって,周囲の景色をじっくり味わうことが出来ず,時間内に目的地にたどり着けるかどうか,特にこの湯沢峠にたどりつけるかどうかばかりを気にしていた.そのように張り詰めていた気が,この石仏の穏やかな素朴な姿にほぐされたのだと思う.

「目的地に到達することだけが山行じゃない」

そんな言葉が胸の中で木霊のように響いた.まあ焦らず行けるところまで行けばよいではないか.ありがたいことに,ここから始まる高ドッキョウへの尾根道は,見たところ明瞭で笹もそれほど覆っていない.撮影が一通り終わると,自分は石仏に別れを告げ,坂本標識が指し示す高ドッキョウへの歩きやすい尾根道を上っていった.

しばらく行くと道端に林野庁の境界見出標がぽつりぽつりと出始めた.木の幹にも赤いペンキが塗られている.もしかしたら意外にも,樹木等の管理のために,頻繁に人に踏まれている道なのではないか.そんな期待がこみ上げてくる.坂本標識も未だに道を指導してくれている.気持ちにゆとりもあった.

しかしそれは長く続かなかった.湯沢峠から15分ぐらい歩いた笹薮斜面手前で,道は九十九折になり,それをしばらく歩いて行くと,ついに道は笹に覆われてしまった.ただありがたいことに,道筋は出しゃばる笹の下に見えており,それほどの密度でもないように見えた.そこでここからは藪漕ぎで前進することにした.だが笹も甘くはない.進むに連れて藪は濃くなり,それと同じようにして道筋は次第に薄くなり,やがて消失した.

もはやRFしながら,笹薮の斜面を登るしかなかった.笹密度の低そうなところを狙って,笹を掴んで上っていくのだが,これが激しく体力・精神力・集中力を消耗する.少し上ると,やや薮が開けたところに出た.そこからは斜面の上方が見えたのだが,笹薮は見える限りずっと上まで続いていた.これは長期戦になる.自分はここでザックを下ろし,休憩を取りつつ,藪漕ぎ装備を取り出した.

自分の藪漕ぎ装備は以下の通り.

  1. 豚皮甲メッシュ手袋
    すべり止め,手の保護
  2. アームカバー
    手首のダニ予防
  3. 防塵マスク
    ダニやホコリによるアレルギー予防
  4. グラスオーバー防護密閉ゴーグル
    目の保護,眼鏡の紛失防止

藪漕ぎ装備に少し触れておくと,上記の内,1と2については,経験的に効果があることがわかっている.しかし3と4については逆に,効果よりも問題が大きい事も経験済みだ.両方共にその原因は結露にある.マスクは結露により内部がビシャビシャになる上に,息苦しくなってしまう.ゴーグルはといえば,結露で曇って前が見えなくなり,頻繁に内部の曇りをふかなければならない.これは致命的だ.現在,この防護ゴーグルの代替として「競泳用度付きゴーグル」を検討中.

そのような弱点は承知の上で,とりあえずすべての装備を装着したのは,やはり長期戦を覚悟したからだ.だめなら装備を途中で外すだけだ.

装備装着後,再び笹薮の斜面を登り始めた.約15分ほど登ると,突如として笹薮が終わり,やや開けた場所に出た.道なのかよくわからないが,とにかく細長いその開けた場所は,右奥まで続いていたので,藪漕ぎ装備を外してカラビナに引っ掛け,その奥へと進んでみた.

しかしすぐに再び笹薮に行く手を阻まれた.今度はいきなりの高密度で,道筋もわからない.再び藪漕ぎ装備を装着し,RFしながら,道の存在すべき尾根筋に近い笹薮斜面を上っていく.しばらく漕ぐと「安倍山系」で予告されていた杉林らしきものが斜面上方に見えてきた.もしかしたら杉林の下は,笹が衰えているかもしれない.そんな淡い期待が心のなかに芽生え,藪漕ぎにも力が入る.

やがてその杉林に突入したのだが,期待は全く裏切られた.笹薮は衰えるどころか,さらにその威力を増した.笹密度が上昇し,笹自体の背丈も増した.それだけならまだいいのだが,硬い杉の枝が笹薮の中に何本も浮いていて,藪漕ぎの邪魔をする.これにより進行速度はさらに落ち,知力・体力・精神力・集中力を消耗した.もちろんすでにゴーグルもマスクも結露で使用不可能だったので,外している.息を切らし,笹や枝に突かれたり,ひっぱたかれながら,やや無理矢理に薮突破を試みた.

しかし行けども行けども笹薮は終わらない.行けば行くほど密度を増していくような感じだった.こうなってくると,高ドッキョウはおろか,途中にある戸谷金山山頂にすら到達が危ぶまれてくる.やや太めの杉の横に,笹の薄くなっている場所があったので,そこで一旦休憩し,現在位置をGPSで確認する.すでに笹薮の奥深くに入っているが尾根筋の近くにはいるはずだ.おもむろにウエストポーチから取り出したGPSの画面を見た時,自分はギョッとした.

なんとログを取っていたGPSが,いつの間にか停止していたのだ.原因は分からない.藪漕ぎ中の衝撃のためなのか,湿度のためなのか…背筋が寒くなる.GPSログは残っているのか?GPSログが残っていないと,この笹薮の中では帰りに迷う可能性が出てくる.とにかくGPSを再起動だ.

GPSを再起動すると,ありがたいことに,GPS機能は復活し,ログも残っていた.ほっと胸をなでおろした.ちなみに自分は,メインGPSの故障に備えて,予備のGPS(スマホ)と電子コンパス(スマホとウォッチ)を持参しているが,やはりGPSログの消失は,あらゆる意味で痛い.

「メインの装備が壊れた場合は,サブの装備を使用しながら早急に撤退する」

そんな暗黙のルールが自分にはある.メインGPSは復活したものの,この時に自分は高ドッキョウ登頂が遠のいたとはっきり感じた.ならばせめて戸谷金山には登頂できないか?そのような想いとともに復活したGPSで現在位置を確認する.その画面表示は,さらに自分の士気をくじいていった.

表示によると戸谷金山は,まだまだ500mぐらい先だった.標高差も150m以上ある.それがすべて笹薮だったら,もう登頂は完全に不可能だ.しかし笹薮が途中で終わり,尾根筋にあるはずの本道が見つかれば,登頂はできるだろう.それが希望だ.自分の周囲は背の高い高密度の笹で覆われてしまっているため,すでに斜面上方の状態はもちろん,周囲の状況すら,ろくに視認できない.とにかくRFしながら,進めるだけ進んでみよう.


再び笹薮と格闘し,カタツムリのような速度で前に進む.しかしついに,笹薮がさらに密度と高さを増し,RFすらも困難になってしまった.道が全く見えてこない…

再び太めの杉の根元で,荒い呼吸を整えつつ,時間を確認する.午前11:15.撤退か,進行か.しかしもはや答えは出ていた.その答えに納得する時間が,少し必要だっただけなのだ.

午前11:20に撤退を決定,すぐに実行に移した.一刻も早くこの笹薮を脱出しなければならない.やや焦りながら,やってきた方向へ藪漕ぎを開始した.

ところが驚いたことに,やってきたはずの方向に自分が歩いてきた形跡らしきものが見当たらない.と言うか,来たときのように漕いでいくことが出来ない.蓄積した疲労のためなのか,自分が通過したことで薮の状態が変わってしまったためかわからない.とにかく来た時のようには進めないのだ.来た時と同じ筋を戻ることを断念し,退路をRFしながら戻ろうと少し歩き始めた時だった.

突然,自分は谷側にあった左足を滑らせてしまった.正確に言えば,左足で踏んだ谷側の笹が思ったより深く沈んだために,体重がそちらに移動し,滑り始めたのだ.それと同時に笹の中に潜んでいた折れた枝の先端が,眼鏡の下から突き上げてきた.滑り始めであったために,身体のコントロールが出来ず,避けることが出来ない.滑りながら枝の先端は左眼球の下の皮膚を擦っていった.肝心な時にゴーグルは外していたのだ.その後,1mほど滑り,自分は後ろに倒れて,滑落は停止した.かなりやばかったが,眼球は傷つけずにすんだ.すぐに受傷部を確認したが,少し切れて血が出ただけ.ありがたい.片目を失わずにすんだ.

その後,来た方向に戻るのは困難と判断し,RFしながら別のルートを下っていくことにした.再び不安を抱えながら笹薮との長い格闘を覚悟したが,30分ぐらい経過した時,笹薮を抜けることができた.ありがたいことにそこからは道らしきものがずっと湯沢峠方面に続いていた.もしかしたら本道なのかもしれないと思い,その道らしきものを下っていくことにした.

その道らしきものをしばらく下ってみたのだが,全く見覚えのない景色が続く.標識類も出てこない.どうやら上りとは別の尾根筋に入ってしまったようだ.GPSを取り出し確認すると,正にその通りだった.GPSによれば,自分が上ってきた尾根は,左側にある浅い谷の向こうに存在する.何とかここからそちらの尾根に乗れないものか?暫くの間,左の尾根に移れそうな谷の浅い場所を探しつつ,尾根筋を下っていった.


しばらく行くと目の前の細い木に,赤いテープが巻きつけてあるのを発見した.自分の歩いているこの尾根を以前に歩いた人がいたのだ.ではこの紅一点のテープは何を意味するのだろう?立ち止まって周囲を確認すると,その理由がはっきりした.

テープの木のある場所からは,左側の尾根がよく見えた.しかもその尾根には坂本標識の巻きつけられた樹木すら見えたのだ.さらにありがたいことに,薄っすら左の尾根まで続く踏み跡のようなものも見える.谷も浅めで安全だ.

つまりこうだ.最初に自分が漕いだ笹薮の存在を知っていた山行者は,おそらく湯沢峠をこの坂本標識まで歩いた後,いったん右の谷に降りて尾根を乗り換え,笹薮を回避可能なこの道らしきものを高ドッキョウに向かって歩いていったのだろう.あくまでも推測であるが…

先人に感謝して,その踏み跡をトレースし,無事に自分が上ってきた尾根道に復帰することが出来た.ここまで来れば安心だ.

そこから湯沢峠まではすぐだった.到着時刻はほぼ正午.ということは撤退開始からまだ40分しか経過していないということか.自分にはそれが1時間半ぐらいに感じられていたので,少々驚いた.とにかく再び石仏に会うことができてうれしく思った.

昼食の時間だ.本日はおにぎりを携えた石仏の前で昼食を取ることにしよう.食事中は時折強い風が峠を吹き抜けていった.ゴーッというあの迫力ある山独特の音ともに,枯れ葉が一斉に吹雪のように目の前を流れていく.そう,ここは間違いなく山の中なのだ.自分はその事実にある種の満足を覚えた.

「目的地に到達することだけが山行じゃない」

石仏が微笑みながら自分を見つめていた.


2016年12月3日土曜日

高ドッキョウ(1134m):静岡市側からの登山ルートまとめ

前回の山行「出羽→高ドッキョウ(1,134m)」は,残念ながら途中撤退となってしまった.次回の山行も高ドッキョウ山頂を目標とする予定だが,その前にもう少しネットからルートに関する情報を集めてみた.

下記に静岡市側からの主な高ドッキョウ登山ルートとその山行記録ページを掲載する.掲載順は松浦理博「安倍山系 上」に準じた.

①坂井沢バス停→樽峠経由


最も一般的なルートで,ネット上でも最も情報の多い.また難易度も他のルートに比べて低いようだが,荒れている部分もあるかもしれない.

②板井沢バス停→湯沢峠→戸谷金山経由


湯沢峠から山頂直前まで笹の藪こぎのあるらしいルート.ネット検索では1件しか情報が得られなかったが,2000年に山と溪谷社から発売された「駿遠・伊豆の山」には掲載されていたらしい(未確認).ちなみに板井沢バス停から湯沢峠に至る道は2つある.
  1. 湯沢橋あたりにある坂本標識(推定)の指導する破線路
    沢沿いの地形図破線路で,途中から道が消えるかなりの難路となる模様.
  2. 「安倍山系 上」「駿遠・伊豆の山」に掲載されているルート
    尾根を行くルート.現在の道の状態は情報が得られず不明.
「安倍山系 上」掲載の高ドッキョウ・ルート②では,沢沿いの破線路ではなく,尾根道を行く.「安倍山系 上」掲載のルートは,「駿遠・伊豆の山」に掲載されている高ドッキョウルートと同じものらしい(未確認)

③大平バス停→出羽橋林道→和田島少年自然の家認定路経由


前回自分が上ったルート.ほとんど人の歩かない忘れ去られつつあるルート.杉林から始まる道は,広葉樹林帯に入ってから荒れだし,倒木が多くなり,沢沿いの道が終わる前あたりから不明瞭になる.また更に行くと笹が山腹の道に被さっており,藪こぎになる.別の尾根のコルに取り付く斜面には,笹と茨の激藪が存在する.水場あり.

④大平バス停→徳間峠経由


比較的情報の多いルートで標識もしっかりあるようだが,荒れている部分もあるようだ.特に徳間峠から山頂にかけては,痩せ尾根,急登,崩落地,十数箇所のロープ場がある模様.

⑤大平バス停→興津川渡渉→高野マキ経由


「高野マキ(正式名称:大平のコウヤマキ)」は県指定文化財(静岡県天然記念物).多くはないが,そこそこの情報量のあるルート.道は荒れており,不明瞭な部分も多いらしく,急登もある.途中で上記のルート④と合流する.

⑥大平バス停→出羽橋→破線路→湯沢峠経由


「安倍山系 上」において未踏査と注釈されているルート.ネット検索でヒットしたのは1件だけだった.ほとんど廃道とも言える地形図破線ルート.レポートによるとかなり危険な難路となっている模様.前述のルート②に合流する.

⑦ヤマセミの湯→元沢・板井沢峠→尾根道→湯沢峠経由


「安倍山系 上」に掲載されていない,最も長い全長約22kmの周回ルート.元沢・板井沢峠から湯沢峠までの尾根道はやはり笹薮となっているらしい.前述のルート②に合流する.
自分の集めた情報は以上.さてどのルートにしようか…

2016年12月1日木曜日

途中撤退:出羽→高ドッキョウ(1134m)

★概要

  • 日程:2016年11月26日
  • 天候:快晴,標高530m休憩地点気温: 7.8℃,無風
  • 最終到達地点
    ▪倒木帯&笹と茨の激薮(標高815m地点)
    ▪尾根(コル)まで直線距離130m,尾根との標高差40m
  • コースタイム
    自宅発3:40→大平バス停着7:30→出羽橋着7:45→林道終点着8:30→登山口着8:35→清水和田島少年自然の家プラ標柱(以下「和少自道標」)103着9:10→休憩1時間→和少自道標103発10:10→和少自道標102(水場)着10:40→和少自道標(番号不明)着11:25→小さな滝着11:55→最終到達地点着13:04→停滞4分→撤退開始13:08→登山口着14:55→大平バス停着15:30→セブン−イレブン清水北脇店着18:20→喫水休憩10分→同店発18:30→自宅着19:35
  • 総行動時間:15時間(自転車:4+4時間,山行:4.5+2.5時間) 
  • 総休憩時間:2時間
  • ルート:松浦理博「安倍山系 上」,高ドッキョウ・ルート③

★写真(134枚)

★動画(6本)


★参考ページ

★ レポート

「地獄からの生還とその喜び」

帰宅直後の夕食では,ゴハンが喉を通りそうもなく,レトルト粥とポテトサラダのみを口にした.ここまで追い込まれたのは久々のこと.

以前,大学浪人時代の夏,静岡市から埼玉県大宮市まで自転車で行ったことがある.この時,27時間ぐらいでたどり着いたと記憶しているが,あの時の終盤の感じに似ている.

ただ今回,肉体的にはケガらしいケガもなく,脱水もせず,また精神的にも落ち込んだり,破綻寸前に追い詰められることはなかった.さらに途中撤退にも関わらず,帰路となる国道1号線の平地を自転車で走っていたときには,むしろ不思議な「穏やかな喜び」に包まれていた.

それは「生きていることそのものへの喜び」とでも言ったらいいのだろうか?言葉で説明するのは難しい.山行の成功うんぬんとは全く関係のない,単純に,「自分が今,この時空に生きている」状態にあることが,ある種の「勝利」のように感じられていた…

…今回の山行目標とした高ドッキョウ(1134m).この山は,松浦理博「安倍山系 上」によれば,山梨二百名山のひとつで,頂上には展望もあるという.同書によれば,自宅から最も近い登山口からの山道(ルート③)は,「静岡市立清水和田島少年自然の家」の認定路とされている.そのためある程度,山道が整備されている可能性も高い.

ちなみに「静岡市立清水和田島少年自然の家」は,現在,条例の改訂にともない「静岡市立清水和田島自然の家」となり,少年団体以外も使用可能となっている.
  • 1,000mを超える標高
  • 整備された安全な認定路
  • 片道2時間ほどの標高差300m程度の自転車行
これらの条件が,自分の今の状況にちょうどよい山のように感じられた.今まで藁科川や安倍川流域の山を登ってきたが,興津川流域は初めてなので,山までの自転車行も新鮮な気分で楽しめるのではないかという期待もあった…

…しかし全く自分は甘かった.これらの前提は,最初の「標高」を除いて,後に全く覆され,地獄を見ることになる.特に今回の計画立案において,何を血迷ったのか,自転車ルート決定をGoogleナビに一任してしまったのは,大いなる手抜きであり,失態と言わざるをえない.

Googleナビにルート選定をまかせてしまった理由は
  • 今までGoogleナビを使用してきた経験から,全くおかしなルートをナビすることはないと思い込んでしまったこと
  • 自分が清水区に全く土地勘がなかったこと
  • ルート選定に時間を費やすのを惜しんだこと
  • 自転車行において今まで失敗したことがなく,ナビが間違っていても自分で修正できると想定したこと
  • Googleナビの実力を試してみたかったこと
などがあげられる.Googleナビによるルート選定は以下のよう行われた.

まず自宅から目的地(清水区大平,出羽橋)まで,移動手段「自動車」によるルート選定を行った.オプションとして,「有料道路・高速道路を使用しない」を指定したところ,ナビは国一バイパスを選定してしまった.さすがにバイパスの自転車通行はできないので,移動手段を「徒歩」に切り替えたところ,所要時間約7時間,移動距離30kmの別ルートが選択された.経験から自転車ではだいたい2~2.5時間程度と推定されたため,このルートをそのまま自転車行ルートとして採択した.

この時,自分が採択した自転車ルートの詳細を十分に確認しなかったことが,今回の地獄の始まりだ.ただし仮に確認したとしても,Googleマップにおいては,標高線はかなり拡大しない限り表示されないし,ルート上の道の種類まではわからない.そこにGoogleナビの,徒歩用ナビとしての落とし穴があることに,今回はじめて気付かされた.


さて,当日5時間ほど睡眠をとった後,午前3:40に自宅を出て,自転車行を開始.しばらくは既知の馴染み深い北街道を清水区に向かって走る.清水区に入ってしばらくすると,全く知らない道に突入し,そこからはすべてスマホのGoogleナビの指示通りに動いた.

東名高速道路に沿った道に入ってからは外灯も少なくなったため,途中でヘッデンを装着.やがて下野北当たりで東名高速道路から離れ,庵原川沿いを北上する.ここまでは良かった.

午前5:14.それは突然目の前に現れた.予想外の傾斜を持つ急な上り坂だ.付近の標識からするとこれは農道らしい.斜度が斜度だけにとても自転車に乗ったまま上りきることはできそうにない.いつものように,自転車を降り,押して上っていく.まあ今までにもよくあったことだと自分を言い聞かせ,最初は調子よく上っていった.ところがこの坂がなかなか終わらない.やがて息は切れだし,汗が吹き出してきた.数分上った時点で早くも坂の途中の闇に自転車を止め,ハイドロの水を吸い込むことになる.

「これは想定外だ.初冬未明の自転車行において,これほどの汗をかくとは…水の消費量が気になる.」

休み休み上っていくと,やがて真昼のようにまばゆい光を放射しているトンネルが前方に現れた.それもやはり自転車を押して抜け,再び周囲に深い闇が戻ってくると,そこが上り坂の終わりだった.午前5:24.わずか10分間の出来事なのだが,実に長く感じられた.GPSログを調べてみると,この間の標高差は80m.重いスチール製の安物ATB自転車を押しながら,水消費の進んでいない重量12kgザックを担いて,舗装路を80m上りあげるのは,今の自分にとっては結構な負荷だったようだ.

しかし上りの後は下り.自転車ならば,こがなくても自動で下ってくれるはず.ただし外灯がなくヘッデンでは前方がよく見えないため,スピードを出しすぎないようにブレーキをかけながら坂を気持ちよくかけ下っていく.ところが下り坂はすぐに終わってしまい,再び上り坂に転じた.またもや自転車を降車して,押しながら標高差20mを上り…

…「自転車を降りて押して登る,自転車に乗って坂を下る」を何度も繰り返している内に,ついに標高は234mになった.時間は午前5:43.つまりアップダウンを繰り返しながら,30分間で標高差160mを上ったことになる.累積標高は当然それ以上になるだろう.このような自転車行の経験はいままでにない.明らかに計画より体力を消耗している.しかしながらその時点ではまだ,計画変更するほどのものでもないように感じていた.

標高234m地点からは急な下り坂が始まる.時速25km程度に制動をかけながら,慎重に下っていく.やがて現れたT字路前で大制動をかけて停車.一息入れながら道路標識を確認した後,ナビの指示通り左折する.こうして自分は県道75号線に乗り込んだ.

道なりに進んでいくと,小集落のようなところに出たのだが,ナビは右折を指示する.真っ暗で右側に道らしきものが見えなかったため直進したのだが,どうもおかしい.停車してナビの地図を確認すると,どうやらその分岐を通り越してしまったらしい.道を引き返しながら,分岐を探す.すると民家と民家の間の奥に,その分岐を発見した.



それは細い農道らしき道だった.「まさかこの道を行くのか?」とその時はなぜか思わなかった.暗くて道の先が見えなかったことや,疲労で判断力が低下していたこともあるのだろうが,この時自分は,ナビに受動的な態度を取り,この農道を自転車を押しながら上っていくのだった.

その農道は事実上,コンクリートで固められた山道だった.標高170mの麓からこの農道を何度も小休止しつつ,標高240m辺りまで自転車を押して上っていくと,やっと尾根らしい場所に出た.そこで再び一息ついたのだが,T字路となっていてるその農道の角に標識を見つけた.それによるとどうやらこの農道は,ハイキングコースに指定されているようだ.

「自転車を押してハイキングコースを上ってきてしまった…何たる無駄なエネルギー消費!」

汗をしきりに拭いながら,ちょっと自分のバカさ加減に嫌気がさしたが,そんなことも言っていられない.ここをなんとか乗り切るのだ.そこからは今までと同様,自動車道より斜度のある細いハイキングコースのアップダウンを,自転車を押して上り,自転車に乗って下った.ただし,斜度がある上,濡れた枯れ葉で覆われたコンクリートの直線的下り坂を,スピードを出して駆け下ることは出来ない.ブレーキの音を未明の林に響かせながら,安全な速度で降りるしかなかった.つまり上った分のエネルギーは返還されず,熱と音とゴムカスとなって消えた.

ようやく最高標高260mのハイキングコースを終え,標高100mの麓に降りた時,自分はすでに山行直後の安堵にも似た気持ちになっていた.体力の消耗は激しく,両の太ももは筋肉痛を起こしている.今までの経験において,山行に入るまでの自転車行でここまで体力を消耗したことはない.想定外の事態に「途中撤退」の可能性が脳裏をよぎる.しかしまあ行けるところまで行こう.そんな想いとともに,再びペダルを漕ぎ出した.

やがて県道196号線に合流.道らしい道を行けることに喜びを感じつつ,北上していく.ここからは農道やハイキングコースのような急坂はなく,緩やかに標高を上げていく.安倍街道や藁科街道と似たイメージだ.ところどころの道端には,東海自然歩道の標柱が顔を出し,疲れた自分を励ましてくれた.

午前7:30.ようやく大平バス停に到着.出発からすでに4時間が経過していた.これは大誤算だ.計画の倍の時間がかかってしまった.確かに県道196号線に入ってからも,普段なら自転車に乗ったまま登れるはずのゆるい上り坂すら,足が動かないため自転車を降りて押して歩いてしまった.予定では出羽橋までが自転車行だったが,すでに自転車用の体力は使い果たした感じだったので,大平バス停に駐輪し,徒歩で出羽橋まで移動することにした.

県道196号線の出羽橋分岐までくると,その角にあった建物に標識を発見した.


白地に赤文字.いわゆる「坂本標識」だ.いろいろな山でお世話になっている標識で,自分には馴染みがある.この標識の存在はすでにGoogleストリートビューで事前に確認はしていたが,どことなく頼もしい感じ.「これから先の登山道でも坂本標識がガイドしてくれるかもしれない」などと楽観的な山行を思い描きながら,興津川にかかる出羽橋を渡っていく.

いかにもその通り.確かにその後も坂本標識は出てきた.その一部は判読不能なまでに朽ちていたが….ただし集落が終わるあたりで発見した坂本標識により状況は一変する.


その坂本標識は,「安倍山系 上」には掲載されていない道を指し示していたのだ.気になったので,その方向にあった広いススキに覆われた車道らしきものを歩いていく.しばらく行くと奥に堰堤が見えてきたのだが,その間,登山口のようなものは山側斜面に発見できなかった.結局途中であきらめ,標識のあった分岐まで引き返すことにした.これが今回の山行における坂本標識の見納めとなった.

帰宅後に調べてみたが,どうやらこの坂本標識は地形図上の破線路を指導しており,その通りに堰堤の横を沢沿いに進むと,湯沢峠に至るようだ.「安倍山系 上」の湯沢峠の点線分岐路の注釈に,「この破線路が未踏査であるが,途中通過困難箇所がある」と記載されていた.

ムード的にはこの破線路は,沢沿いであり,また薮も厳しそうだったので,引き返して正解だったと思うが,実際にはどうなのか?

さて再び林道を道なりに進むと,安倍山系で予告されていた標柱が分岐とともに現れた.右折し,その分岐をのぼっていくとすぐに林道は荒れだし,ススキが道を覆うようになった.この林道はほとんど利用されていないようだ.


ススキをかき分けながら進んでいくと,やはり「安倍山系 上」の予告通り,もう一つの林道分岐が左に現れた.こちらの分岐道はさらにススキ密度が高い.ススキをかき分けつつその道を前進していくと,ついに林道の終点に到達した.その間,山側斜面に注意を払っていたが,登山口らしきものは見当たらなかった.そのためこの林道終点から登るのかと思い,終点を超えて前進し,山中に入ってみた.

入った直後の木には,ピンクテープが巻かれていた.誰かがここに来ているのは間違いないが,周囲に道らしきものは見当たらない.テープもこれ一本だけ.どうやらここが登山口ではないらしい.ならば自分が登山口を見落としたのだ.

再び林道終点に戻り,そこから林道を逆行しながら,斜面側に登山口を探した.すると曲がり角に,シダに埋もれたプラ標柱を発見.シダをどけてみると「高ドッキョウ登山口」と書かれているではないか.よし,これでやっとスタートできる.



ところが上り始めてみると,いつものペースは全く維持できず,「少し上っては息を切らして立ち止まる」を繰り返す他ないほどに,体力を消耗していた.

すでに時刻は午前8:45.このペースでは1134m峰の登頂は不可能であることは明白だった.行けるところまでは行くとしても,何とかペースを上げることは出来ないか?それを考えながら,杉林の中のまっすぐな尾根道を休み休み上っていく.

登山口から約30分ほど登ると,道の横にプラ標柱103が現れた.近くには暖かな日の射している平坦地もある.自分はここで上りながら考えていた「ペース対策」を実行に移した.昼食を前倒しにするのだ.

平坦地でザックを下ろし,シートを広げる.足を伸ばして身体を休めつつ,スープやコーヒーをとった.これでザックは軽くなるし,体力も回復するだろう.この標高530m地点での喫食休憩は1時間.気温は約8度.


1時間後,片付けをするために,座っていたシートから立ち上がる瞬間,足がつりそうになって焦った.金木荒ノ頭(1463m)の山頂で起こった現象と全く同じだ.一旦座り直し,地面に手をついてそろりそろりと立ち上がる.今度は足がつりそうになることはなく,そのまま片付けに入ることができた.

片付けが終わり登山道に戻って登り始めると,足取りは以前よりずっと軽くなっていた.1時間ロスしたが,山頂でいつもの長い休憩をせず,30分休憩ぐらいで下山を開始すれば,問題はないはずだ.このような事態も想定して,計画には余裕を持たせてある.

杉林の中の直線的な尾根道は,荒れてはいるものの明瞭で助かった.やがて道は広葉樹林に突入.そのあたりから山道が倒木で塞がれている場面が多くなった.杉以外の倒木は真っ直ぐではなく,付近の灌木も巻き込んでいるため,まるで網のようになっている.ただクリアできないほどのものではなく,やや時間を消費したものの,何とかやり過ごすことが出来た.

やがて細めの山道に差し掛かると,山側斜面に古いロープが出てきた.もちろんありがたく使わせてもらうのだが,その細い道でも容赦なく山側から枝が伸びていたり,倒木が倒れていたりする.注意してくぐったり,またぎ越していく.


このやや危険な細い道が終わってしばらく行くと,水場に到着した.穏やかな水流の沢.苔むした石がゴロゴロしている落ち着いた場所だ.付近にはプラ標柱102もある.ここまでの道は間違っていない.プラ標柱の下あたりの地面には黒い小さな穴が開いており,地蜂が忙しそうに冬支度をしていた(下掲画像の左下隅).



水場で休憩することもなく,先に進もうとしたのだが,ここで道筋が見えなくなった.とりあえず直進を試みたが,そこは粘土質の壁のようになっており,容易に登らせてくれない.キックステップは当然出来ないので,何度か登攀しようとしたが蟻地獄にハマったアリ状態で,滑り落ちてしまう.それでも最後には泥だらけになりながら,近くにあった木の枝を利用してよじ登ることに成功.さっそく周囲の偵察を行ったが,期待した道らしきものは皆無だった.

やむを得ず再び水場に戻り,地図を確認しながら水場を中心とした偵察を行う.もちろん持参した「安倍山系 上」の該当箇所を何度も参照したのだが,それでも道がわからない.

しばし悩んだ後,落ち着いて水場周囲を観察する.するとありがたや.目が慣れたのか,ようやく道筋が見えてきた.沢の対岸に枯れ枝や倒木に覆われた山道がうっすら見える.なるほどここは沢を渡渉するのか.

「安倍山系 上」には,この渡渉については記載されていなかったが,おそらく以前は記載する必要のないほど,道筋が明瞭だったのだろう.帰宅後のネット検索で,2012年12月に今回の自分と同じルートで登山された方の登山記録を発見し,その中に上掲画像とほぼ同じアングルで撮影された写真があった.比較してみると2012年12月の時点では,対岸は現在よりも荒れていないようにみえる.

さて前進だ.沢をまたぎ越し,対岸の荒れた山道を枯れ枝をかいくぐりながら上っていくと,次第に道は薄く細くなっていった.先ほどと同じ.だがこちらのほうがヤバイ…


沢沿いのこの細い道は濡れた枯れ葉に覆われていた.その細い道を,これまた何本かの倒木が塞いでいるのだが,今度はお助けロープがない.谷側は沢となっているため,ここで滑るわけにはいかない.ただただ慎重に歩いて行ったのだが,その途中で奇妙な人工物を見つけた.


短いロープだ.先端がループになっている.一瞬,首吊り自殺のロープに見えてしまった.この危険箇所でこのロープとは!

おそらく何らかのお助けロープの一部なのだろう.危険箇所なのでお助けロープがあるのはわかるが,ループは何なのだろう?もしかしたら,くくりつけた木からループが抜けてしまったのだろうか?だとすれば何故にこんなに短いのか?それとも実は長いロープだったのだが,ほとんど地面に埋もれてしまったのだろうか?

謎を残したまま,危険地帯をクリアし,さらに前進を続けると再びプラ標柱が現れてくれた.まだ登山道から外れていないようだ.しかしそこからは倒木が多く,道筋がはっきりしない.適時偵察しながらRFするしかない.

RFしながら進んでいくと,前方に小さな滝が見えてきた.滝の前に降りることができそうだったので,下りてみた.高さ3mぐらいの小さな滝だが,流れ落ち具合に滝らしさがある.滝の前は小平坦地となっていて日差しもあり,明るい.ここが今回の山行における,一番のお気に入りの場所となった.ささっと撮影に入る.


滝のお陰で少し気持ちが和んだ後,そこを後にして,再びRFをしながら先へ進む.するとありがたいことに,途中から再び薄っすらと道筋が浮かんできた.それに乗って歩いてみると,そこからは道筋がどんどんと明瞭になり,笹はかぶさっているものの,最後には明らかな九十九折りの道となった.ここでようやくRFの重圧から解放された.

道はやがて尾根に乗り,すぐに裏側の山腹へと下った.そこからのトラバース道を見た時,自分は立ち止まって顔をしかめた.

道が斜面から伸びた笹に覆われていたのだ.ここからは手を使って笹と戦いながら,前進しなくてはならない.自転車を押していた時間が長かったせいか,すでに腕はかなり消耗していた.だた道筋だけは比較的明瞭だったのはありがたかった.

そこからは斜面から執拗にしゃしゃり出てくる笹たちを漕いだり,っ身をかわしたりしながら進んでいく..途中で何本かのテープにも遭遇.これが登山道であることは間違いないようだ.

「笹を漕ぐ→笹の晴れ間で休憩・撮影」を繰り返しながら前進していくと,笹のないちょっと広い涸れ沢のような場所に出た.「安倍山系 上」の略図によれば,そろそろ「水場」が出てくるはずだったので,ここがそうなのかもしれない.水は一切ないようだが…


「だとすれば,もうすぐ別の尾根に取り付くはずだ.尾根に出れば,もしかしたら刈払いされた登山道が出てくるかもしれない.」そんな何の根拠もない楽観的な想いがなぜか湧き出し,元気が出てきた.とにかくその取り付き部,コルまでは行きたい.

しかしコルまで直線距離で200mあたりまで接近した時,登山道の前方に嫌なムードの漂う斜面が,その全貌を現したのだった.


比較的小規模な杉の倒木帯と薮が前方の登山道を覆っており,そこから登山道が消えている.とりあえず消失地点あたりまで笹薮をこいで前進したのだが,次第に鋭い痛みが手のひらや顔を襲うようになった.「これはもしや…」と思って立ち止まり,周囲の状況を確認すると,案の定,それは鋭いトゲを持った茨だった.ここは茨と笹が共生混在している場所なのだ.

とりあえず厳しい茨を回避するルートを探りながら進んだのだが,茨はこのあたりにまんべんなく生えているようで,攻撃の手は緩まない.そこで途中から茨回避は諦め,そのまま痛みとともに,うっすらとした道筋とおぼしきものに乗って,薮の強行突破を開始した.ところがである…

…その後にとんでもない壁にぶつかった.自分の身長を遥かに越す大きく若々しい葉っぱを持った笹の激薮だ.それまでの笹薮は,それでも前方が明るかったし道筋もはっきりしていた.しかしこの笹薮はもはや壁そのものであり,薮の奥は真っ暗闇だった.しかもその藪の中にすら,茨どもは紛れ込んでいる.果たしてこの薮を突破できるのか?再びダメ元で周囲を見回し,別のルートを探したが,やはりそれらしきものは見当たらなかった.

「これは突撃するしかない…」

どこまでいけるのかはわからないが,とりあえずその激薮の中に自分を押し込んでみた.するとなんとしたことか.強力な圧力が返ってきて,自分は薮に跳ね返されてしまった.まさに横綱.懐にすら入れてくれないのだ.

「これでは仮に入ることができたとしても,進行に莫大な時間とエネルギーがかかってしまう.その上,この笹の高さと密度では,方向感覚を失う可能性が高い.仮になんとかコルにたどり着いたとしても,もはや高ドッキョウ山頂に登る時間もエネルギーもないだろう.しかも帰りは再びこの激薮を漕いで下山しなければならない.」

以前の山行における激藪での苦い経験が蘇る.下山時に道を失い,視界を遮るススキの激薮急斜面を下っていた時,自分はいつのまにか方向感覚を失い,切れ落ちている崖に向かって下っていた.前方の崖に気づいた時に襲ってきた,冷水を浴びたかのような冷たい恐怖感,入山に対する後悔,そして,未熟な自分に対する例えようのない情けなさ…

…笹の激薮の前で数分間停滞しながら考え,悩んだ.その結果…

「13時08分,この時点を持って進行を断念し,撤退を開始する」

悔しさがないわけではなかったが,それ以上に下山にかかる時間と,下山後の自転車行ルートの再策定が気になっていた.冬の山の夕暮れは恐ろしく早い.倒木の多い細く荒れた山道で下山時にルートをロストし,結果夜になってしまったら,ヘッデンの明かりがあっても移動はかなり厳しい.ビバークになってしまうだろう.

実際,下山時には20分間ほど道に迷った.沢の渡渉点に向かう道をいつのまにか失い,そのまま沢沿いに前進してしまったのだ.途中でそれに気づくことができ,やや焦りながら道を戻り始めると,すぐに見覚えのある渡渉点を眼下に見出した.ああよかった.すぐにその水場に下り,恒例の顔洗いを行った後,残りの明瞭な山道を注意して下っていく.

このように道迷いはあったものの,その後はあっけないほど簡単に登山口についた.かかった時間は上りの半分以下の2時間ほどだ.これでもう危険箇所も道迷いもない.しかし自分の心中には,いつもの「下山後の安堵感」は湧き上がってこない.それは帰りの自転車行が厳しいものとなる可能性があったからだ.


県道を大平バス停まで下っていく途中で,地元の主婦の方とお話をする機会を得た.その方によれば,自分が山に登っていくのを「テレビ」で知っていたとのこと.ちょっと驚いたが,何かローカルな広報システムがこの集落にはあるのかもしれない.

「今日はこの後,何処かに泊まるんですか?」と聞かれたので,「いえいえ,静岡市内の家に帰ります」と答えた.考えてみれば,山梨県に近いとは言え,ここも静岡市清水区なのだから変な答え方をしたものだ.しかし少し気になる.ここには登山者が泊まれるような宿があるのだろうか?ちゃんと聞いておけばよかった…

その後,大平バス停から帰りの自転車行が始まった.帰路は山越えのないルートとしたかったので,道路標識などを参考にしながら,スマホのGoogleマップで現在位置と道を確認し,ルートを自分で決めていった.しかし…

結果的に言えば,自転車を押しながらの「地獄の峠越え」は,避けられなかった.国道を使えば,遠回りになるが峠越えはしなくて済むようだったし,おそらくそちらのほうが楽だったに違いない.しかし気づいたときには,すでに県道=峠越えルートに入ってしまっていた.

今回はさすがに農道に入ることはなかったが,やはりアップダウンのある峠越えの道となってしまった.またしても汗をダラダラかきながら,自転車を押して急坂を登っていく.この時点ですでに手持ちの水は尽きていたが,それほど喉の渇きは感じていなかった.ただ疲れと筋肉痛だけはどうしようもない.

やがて,行きの自転車行では勢い良く走り降った下り坂が,今度は直線的な急角度の長い上り坂となって現れた.さてどうするか.とりあえず自転車を急坂の前で停車し,残っていた手持ちの予備の行動食を全部平らげる.800kCalぐらいは突っ込んだはずだ.さあいくか.

すでに日も暮れ,外灯のない真っ暗な山の坂道を自転車を押しながら上っていく気持ちは,正直に言えばなんともわびしかった.農道のように道が狭くなく,空間があるため,余計にそう思えたのかもしれない.いくつかのアップダウンを終えて,峠を越え,ようやく平地に戻った時に初めて,自分は喉の渇きを覚えた.コンビニで甘い炭酸飲料が無性に飲みたくなった.

帰宅中なのだが,ここで少し目的が変わった.「コンビニで美味しい,甘い,冷たい,炭酸飲料を飲む」,なんとしても!

ところがその後,なかなかコンビニには遭遇せず,結局国道1号線沿いの北脇にあったセブンイレブンでようやくその目的を達成する事ができた.コカ・コーラも当然候補に上がったのだが,もっと安いものはないかと探したところ,このボトルが目に留まった.

ゆずれもんサイダー 500ml」,コンビニなのに100円だ.安い!しかも甘酸っぱいものが飲みたかった自分にはぴったしじゃないか.さっそくスマホのEDYで支払いをして,コンビニの外に出て飲み始めた.こ・れ・が…うま~~い❢❢

久々にとびきりうまいボトル飲料を飲んだ.炭酸の爽快感,レモンのほどよい酸味,ゆずの芳醇な香り,そしてくどくない控えめな甘み.あまりにもうまくて,飲み干すのではなく,飲むのがもったいない気持ちすらしてきた.500mlを少しずつ飲み,味わうためにために,空いていた自転車のボトルホルダーに「ゆずれもんサイダー」をさして,信号で停まる度に少しずつ飲んだ.このこともおそらく,冒頭に記した「生きていることそのものへの喜び」につながっていたのだと思う.

それだけではない.帰宅後,夕飯の支度をし,自分はレトルト粥で夕食を取り,その後自動的に爆睡したのだが,次の日にどうしても,この「ゆずれもんサイダー」が飲みたくなってしまった.そこで雨の中を徒歩で片道15分程かかるセブンイレブンまで行って,3本ほど購入してきたのだ.

帰宅後,ワクワクしながらキャップを取って,一気に飲もうと開いた喉に注ぎ込んだが…ン?…何か違う…味と香りは同じなのに,あのスカッと感がない.まるで気の抜けたコーラのような…

そこでよくボトルを見るとなんと「ゆずれもん」となっているではないか?炭酸なしのバージョンがあったのか!しまった!